カップ一杯のコーヒーから湯気がたつ。
ふわふわと宙へのぼっていく。
『これが雲になるんだよ』
トゥトゥはそう言った。銀のスプーンでコーヒーをかき混ぜながら。
『じゃあ時々私たちの口からでる白い煙も雲になるの?』
『そうだよ。そうやってたくさんの人が雲を作るから、あんなにたくさんあるんだよ』
『じゃあ雲はこれからどんどん減っちゃうね』
ふううっと息を吐いてみる。白い息はでなかった。
『かなしいね』
『うん、かなしい』
せーのでコーヒーを飲む。ぐっと口に近づけると大人っぽい匂いがした。
はじめてのコーヒーの味は、苦かった。
『大人ってこういうの好きなんだ』
トゥトゥはスプーンでちょいちょいとすくいながらコーヒーを飲んでいた。
『大人になるときっと、苦いって気持ちが美味しいって気持ちに変わるんだよ。コーヒーが美味しいって大人になるってこと』
『じゃあ私たちまだ子供だね』
トゥトゥはそう言った。私もそうだとおもった。
大人ってなんだろう。
苦いのが飲めるのに、高いところに手が届くのに、重たいものが持てるのに、どうして喧嘩するんだろう。
崩れたビルが、崩れたビルを支えている。
ちょうど、人の漢字みたいに。
くやくしょだった場所に草がたくさん生えている。
学校だった場所が森になっている。
テレビで大人の人が言ってた。自然を増やさないとって。そのためにこうなったの?
『ねえ、ゆーちゃん。どっちが夢だったんだろうね』
トゥトゥがそう言った。
『もしかしたらって思うんだ。もしかしたら、これが夢で、目を閉じたらベッドの上にいるんじゃないかって。それとも、あの日々が、夢、だったりして』
トゥトゥがそう言った。
『私は夢をみないからわからないけれど、貴方が夢だと思うなら夢なのかもしれないですね』
『ゆーちゃん、話し方、覚えてる?』
『ああごめんね。忘れてた。うん、私は夢じゃないと思うな』
たまに話し方を忘れる。何回も教えてもらったのに。
たまに忘れそうになる。私が嘘をついてるのか、 私に嘘をついてるのか。
トゥトゥは大人の真似事をしてる。
私は、子供の真似事をしてる。
灰の雲から黒い雪が落ちてきた。トゥトゥが咳をする。
『大丈夫?』
『うん、大丈夫。ちょっとむせただけ』
私も咳をしようか迷った。でもトゥトゥが嫌がりそうだからやめた。わざとらしいのは嫌いみたい。
壊れたビルはかろうじてその外観を保っている。唯一爆発を免れた少女は逃げることもせず、ただ崩れた瓦礫の椅子に腰掛けている。
私は救助に来ただけの機械だった。
はじめて会った時、彼女が言ったのは助けてではなく、おかえりだった。
本来そのセリフを言うはずの人間は二人とも瓦礫の中に沈んでいる。臭いで何度か起こされる彼女をみた。
私は機械だった。今はどうかわからない。
いま私はトゥトゥにとってのなんなんだろう。
友達なのかな、家族なのかな、ペットなのかな。
トゥトゥは語らない。ゆーちゃんはゆーちゃんだって、それしか教えてくれない。
きっとトゥトゥは夢をみてる。夢を、みようとしてる。
あの日の続きを。突然奪われてしまった日常の続きを。
きっと、壊れようとしてる。これが夢だと思い込むために。なのに、匂いが、色が、音が、忘れさせてくれない。ずっと夢から覚めてしまう。
『ゆーちゃんはさ、生きてて楽しい?』
コーヒーを飲んだのに、トゥトゥの声はかわいていた。
『うん、楽しいよ。トゥトゥがいるから、楽しい。トゥトゥが生きてると嬉しいし、トゥトゥが色々教えてくれるのが好き、だから楽しい』
プログラミングされたものじゃなくて、本音だった。
そう信じてる。私は他の機械とは違うから。
きっと私も、そんな夢をみてる。
1/12/2025, 7:53:21 PM