「新年」 注意⚠️:少し重めの内容となっております。
新年。それは僕が一番嫌いなもの。また嫌な一年になるのでは無いか。そう言った不安に駆られるからだ。
去年は一年生の学年末テストの時にインフル、二学期の期末で自転車にぶつかられ、利き手を骨折。そして年末、毎年恒例僕以外の家族は旅行に行っている。
まぁ最後はいい。好きなことができるから。でも、1週間五千円はかなりキツイ。
僕には弟と違ってお小遣いはないから、バイト代を使うしかない。使い道は……まぁ言わないでおこう。
食べ物よりも通院でお金が飛ぶ。そしてほぼ習慣と化している趣味にもお金が飛ぶ。
趣味は褒められたものじゃない。自慢できるものでも無い。ただの自己満足。それなのにどの趣味よりもお金が飛んでいく。
中学三年生。受験の時期に精神を病んでから、僕は家族に見放された。母は以前より酷いヒステリーを僕に対して頻繁に起こすようになり、父は気の持ちようだと説教してくる。少しでも反抗的な態度をしたとみなされたら、折檻が始まる。弟は頭のおかしいキチガイだと、僕のことを毛嫌いしているようだ。
母と父は弟を溺愛。唯一の救いだった兄は、僕が高校上がってすぐに交通事故で会えなくなってしまった。
そして一人で迎えた年越し、ジャンプなんてする気力もなく、ボーッと天井を眺めていた。
ぐるぐると回る視界の中、兄のことを思い出したら幼少期の楽しかった頃を思い出した。
兄とは歳が離れていて、僕が小学校一年生の時、兄は小学五年生。弟は四歳だった頃、三人でよく遊んだ。兄は体の弱い僕を気遣ってくれて、僕も一緒にできる遊びを考えて遊んでくれた。弟にも、同じように接していて、本当にいい兄だった。
そんな兄に親は期待していて、中学の頃難関校を受けさせたが失敗、兄は定時制に通うことになり親に見放された。
昼は働き夜は学校。忙しい生活に加え両親からの圧にかなり疲弊していただろうに、僕たちには優しく接してくれた。バイト代でお小遣いをくれたりもした。僕はそれを大切に取っておいた。兄の誕生日が来た時にプレゼントを買おうと思っていたから。
それ以外で兄がお金を使うところを見たことがない。親に大学の費用は出さないと言われていたが、自分の貯金で大学に行った。そんな兄を僕は信頼していたし尊敬していた。
それに、僕が精神を病んでも、兄だけは味方でいてくれた。両親を説得して病院に連れて行ってくれたのも兄だ。費用も、まだバイトをすることの出来ない僕に変わって出してくれた。福祉のサービスなども調べて、積極的に使わせてくれた。
その頃から弟は僕と兄を軽蔑するようになっていた。両親が僕と兄を見捨てたから、愛情は全て弟に注がれ、弟は見事にわがまま放題の暴君へと変貌した。
そんな家にいて休まるはずもなく、僕の病状は悪化していった。そんな時、兄の誕生日が近いことを思い出し、最期に渡そうと、ずっと貯めていたお小遣いで腕時計を買った。
渡すと、泣いて喜んでくれて、それから毎日腕に着けてくれていた。
そしてある日、兄が子供を庇って撥ねられたと知らせが入り、僕は学校を飛び出して病院に向かった。兄は、病院に着いた時にはもう手遅れだったらしい。白い布がかけられた兄を見て僕は立ち尽くすことしか出来なかった。
ふと、捲って顔を見てみるとまるで眠っているみたいで、交通事故にあったのが信じられなくて、布を剥ぎ取った。そこで交通事故がいかに凄惨なものだったかを知った。それでも、腕に着いていた時計は綺麗なままで、まだ時を刻んでいた。
兄への誕生日プレゼントは、形見となった。
後を追うことなんてできなかった。兄の顔がチラついて、直ぐに踏みとどまってしまう。プレゼントを渡した時に見せた困ったように照れながら笑う兄のあの顔が、忘れられなかった。
モヤモヤぐちゃぐちゃぐるぐる。感情が渦巻いていく。兄に会いたい。逢いに逝きたい。それでも、兄が悲しむのが嫌で、行動に移せない。兄が撫でてくれた時の感触が蘇って、毎回辞めてしまう。
……新年早々こんなことを考えるなんて、本当に僕はダメ人間だ。
いつの間にか日が登ろうとしている。体を起こして机に向かうように座れば、ゆっくりと日が出てくるのが見える。初日の出かぁ。綺麗だとは思う。でも、いつ見ても日の出は綺麗だ。正直、皆がこぞって初日の出にこだわる理由がよく分からない。
新年特有のこの特別感。僕は嫌いだ。今年はいい一年になるように頑張らないと、と思うから。
でも、今年は、今年こそは、いい一年になると、いいなって、ちょっとだけ、ほんの少しだけ祈った。神でもない、兄に。いつも支えてくれた兄にお願いをする。見守っていて、と。
「願うのは自由、だよね、兄さん」
なんて、ね?
1/1/2026, 6:31:58 PM