ゆかぽんたす

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知らなかった。カイトが、春に転校するなんて。
なんでもっと早く言ってくれなかったの。私はカイトの胸ぐらを掴んでそう言って責めた。そしたら、いつもみたいにへらへら笑って何か憎まれ口たたいてくるかと思ったのに。
「……ごめん」
全然違った。彼は見たこともない悲しそうな顔で、私に謝ってきた。こんな彼は知らない。見たくもない。いつもみたいにバカ言ってふざけて笑ってよ。あんたに真面目な顔なんて似合わないよ。転校なんて、嘘だって言ってよ。色んなことが信じられなくなって、私はカイトの前から逃げるようにして去った。それからもう3週間くらいが経とうとしている。私のほうが一方的に避けるようにしていた。こんなことしても、カイトが転校する事実は変わらないのに。もう会えなくなっちゃうのに、何やってんだろう、ほんと。それを考えるとまた変な意地が顔を出してきてしまう。素直にごめんって言えたら良いのに。
ウジウジしていたらあっという間に1か月が経ってしまった。もうすぐ冬が終わる。この時期になるとカイトが転校するという話はもう学年じゅうが知っていた。寂しいねー、ってみんなが言っている。私だってその1人。寂しいだけで伝えきれないくらい、心が落ち込んでいる。幼馴染ということが尚更尾を引く。私とカイトはあまりに近すぎたんだ。何でも言い合える仲で、信頼しきっていた。当たり前のようにずっと一緒にいられると思っていた。このままお別れになっちゃったら、私どうなっちゃうんだろう。それくらい依存してしまっていたことに気づいてしまった。ねぇ、カイト。行かないでよ。私のそばにいつまでもいてよ。

『いつもんとこで待ってる』
塞ぎこんでいた土曜の昼間。カイトからこんなメールがきた。いつもの所というのは、私たちが幼い頃によく遊んでいた公園のこと。呼び出された私ははじき出されたようにそこへ向かった。早く会いたくて、気づいたら走っていた。公園に着くとカイトがちゃんといた。ブランコに乗って、ぼーっとしていた。私に気づくと、「よっ」といつものノリで手を振ってきた。
「急に何」
もう、駄目だなあ私。本人を前にするとまた意地っ張りが出てきてしまう。これが最後かもしれないのに、どうして素直になれないの。
「俺、ツバサのこと好き」
「へ」
「こんなんで、お前と会えなくなるの認めたくねーわ」
いきなり何言ってんの。私が言い返すより前にカイトは隣のブランコを指差す。座れ、って意味らしい。大人しくそこへ腰掛けると、カイトは私のほうにぐるりと向き直る。
「転校はやめらんねぇけど、お前とはこれからもずっと会いたい」
「……うん」
「俺、ツバサのこと好きだから」
カイトはさっきと同じ言葉をもう一度言った。そして、立ち上がるとちょっと強引に私を引っ張って立ち上がらせる。
「これでサヨナラになんかさせてたまるかよ」
ぎゅっと私のことを抱きしめて、何かに堪えるような声でそう言った。ごめん。私と同じ気持ちだったんだね。私もあんたも寂しかったんだね。それが分かって、でも離れる事実は塗り替えることができないツラさに初めて涙が出た。
「もっと……早く言えば良かった……」
震える私をカイトは何も言わずただぎゅっと抱きしめてくれた。意地張ってたあの時の時間を激しく後悔した。ブランコが風に揺れてキィキィ鳴る音がより一層寂しい空気を連れてくる。
「ちゃんと連絡するから」
「うん」
ありがとう。私の欲しかった言葉を言ってくれて。素直に言えない代わりにカイトの首にしがみついた。絶対、また会おうね。だから私もサヨナラは言わないから。それでまた会えた時までにはちゃんと、ありがとう言えるようにしておくから。だから、勝手だけど今は泣かせて。


2/2/2024, 6:53:51 AM