珊瑚樹

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幸せに生きた

そんな言葉を信じられるほど、私は子供じゃなかった
窓を流れていく景色に緑が多くなるほど彼女の笑顔が脳裏に浮かび、吐き気がした。

社会人3年目の私は初めて法事で有給をとった。一泊二日で地元に帰り、中学の時の親友の葬式に出る予定だった

上司はもっと休みを取ったらどうだと言ってくれたが、そんな長い時間彼女の死と向き合ってはいられなかった
それほどには親しい相手だった。

五日前、母から連絡が来た。淡白な文言だった。
「美春ちゃん、亡くなったらしいよ。自殺だって」

自殺。自分で、死ぬ。

首吊りかな?と思ってる間に葬式に出る予定が私の人生に加わった。地元にいく新幹線のチケットも財布に加わった。

そこから今この瞬間までそれ以上の感想が浮かばないのは、美春の死に化粧よりわざとらしいほど強く引かれたアイラインが浮かぶからか。

美春は自由な人だった。
濃いアイラインもそう。教師に殴りかかる度胸もそう。
「ダサい!」と叫んで私の前髪を切る笑顔もそう。

頭の硬い私はそんな美春との出会いが、人生の分岐点になったとはっきりと思ってる。今ファッション関係の仕事に就いているのが何よりの証拠だ。

奇想天外の彼女の良き友人であったと自負していたし、彼女もまた私の良き友人だった。

そんな場違いな自信も遺影の前で打ち砕かれた。

なんで、なんで。
そんな疑問が鼓動と共に全身に巡った。時間が経つにつれ鼓動は大きくなり、全身をめぐり、顎の裏が震えた。
周りは今までに見たことのない配色をして、空気に気持ちの悪い動きがあるように感じた。


何も出来ずに葬式は終わり、私は美春のお母さんと話すことになっていた。

「今日は来てくれてありがとうね」
「いえ、別に、、、」

美春のお母さんと話したのは今日が初めてだった。
何度も家にお邪魔して、泊まったりもしたのに、だ。
美春曰く「自由な人だから!私と一緒!」らしい。
実際海外に飛び回って仕事をしてるらしく、日本に帰ってきたのは久しぶりらしい。
麗奈、と名乗ったその人は、雰囲気が限りなく美春に似ていた。

「恥ずかしい話、私は美春の事を何も知らないの。仕事もあったけど、お互いに話をするような関係じゃなかったし、、、」
「、、、美春が死んだ事はどうやって知ったんですか?」

一瞬ぎゅっと眉間に皺を寄せて、涙を堪えるようにした後、ゆっくり話してくれた。

「美春自身から、連絡が、っあったの」
「え?」
「お酒でも呑んでたのか、やたらテンションが高くて、『楽しんだ!もう死ぬわ!』って。何かの冗談かと思ったわ、、、」

「すぐに電話は切れてしまったのだけど、すごくやな予感がして、飛んで帰ってきたの。そしたら、、、」

「すみません、こんな事を聞いて、」
咽せるように涙を流す麗奈さんに釣られるように悲しさといつものが溢れてくる。それと一緒に怒りも溢れてくる。もう死ぬ、なんて。なんて身勝手なのか。

おそらくこまめに手入れをしているのであろう背中をゆっくりさすった。彼女の鼓動が伝わってきた。
しばらくすると「ありがとう」と涙を拭いながら顔を上げた。

「よかったら、美春の話をしてくれない?中学の友達なのよね?」
「えぇ。えっと、、、美春は、、、その、、、」

私は急に舌が回らなくなった。美春のせいで働かなかった頭が美春を思い出す事で働き始めたからだ。

ど、どうしよう。どこら辺を話せばいいのだろう。
いじめっ子殴って停学になった事などの問題の数々を、この人はそもそも知っているのか? 
死人に泥を塗る事は忍ばれる。だが、泥をなくして美春を語れない。

「美春、は、、、幸せそうな、人でした。そう。幸せに生きる!ってのが、美春の口癖でしたし」

おどおどと、ありきたりな事を言う私を不思議そうに見てくる視線が痛かった。だが、自分の中では言葉が美春の姿を作っていくのを感じた。

「学校をサボって、川に行ったことがあったんです。本当は海に行きたかったんですけど、お互いにお金がなくて、」
「あの裏山の川で?よく、、、」
「当時はなんでも楽しかったんです。コンビニでジュースを買って、川に入ったりして、一晩中騒いでたら夜が明けてて」

視線が下に落ちる。懐かしい。

ああいう遊びは大抵美春が提案した。だけどその日は私が行きたいって言ったんだ。なんでだっけ、、、

「遊んでたところから朝日がよく見えて、二人で眺めました。そこで美春が、、、」

そうだ。思い出した。その日は美春の口数がやたらと少なくて、わかりやすいなと思いつつ遊びに誘ったんだ。

なんで、なんで落ち込んでたんだっけ。
とても大切なことだった気がする。
朝日をみる美春の横顔がありありと思い出させる。

そこで何をしたんだっけ。

「えっと。それで、美春が何か言ったの?」

パチンと目の前が開けた。
五日前から萎んでいた私の体が内側からぐーっと膨らむような感覚がした。空気が体の中に入ってきたり

そうした途端、涙が溢れて仕方がなかった。
体の深いところから声が出て、胸が引き絞られるように痛んだ。
これだけ泣いた事は今までの人生でなかったから止め方がわからなかった。

「え?え?どうしたの?」
麗奈さんは大層驚いただろう。いきなりこんなになきだしたのだ泣き出したのだ。

「美春がっ、美春は、言ったんです!あの時に決めたんだ!」
「落ち着いて?美春は何をいったの?」

さすってくれる麗奈さんの喪服の裾を無遠慮に掴んで、それでもなお言葉を重ねた。
溢れて溢れて仕方がなかった。

「美春は、幸せだったんでだったんです。幸せに生きれたから、死んだんです」
「幸せだったから?」
「はい、、、はい、、、!友達が、居て。楽しい事をして、お酒を飲んで。おしゃれを、っして。幸せにっ生きたから、、、美春は、、、」
「美春が?でも美春お酒は、、、」

麗奈さんは心底わからないという顔をしていた。
この人にはそれがわからないのか、と一種の軽蔑じみた感情が湧いた。

感情がぐちゃぐちゃだった。安堵、喜び、悲しみ、失望
ただひたすらに美春の為に泣いた。

川で遊んだあの時、美春が言ったこと。

『決めたの。私幸せに生きる。したい事、やりたい事、全部やる!そして、死んだ後も幸せになれるって思ったとこで死ぬ!』

なんだよそれ。そう思ったし、そんなような事を言った気がする。美春はパッとこっちを向いて、ニカって笑った。

『どうせ死ぬんだよ、人間』
『そうだね』
『だからいいところで、死にたくない?』
『いい死に方をする為に、生きるって事?』
『それは違う〜!』
『つまりどういうことよ』
『いい生き方をするから、いい死に方ができるの!いい生き方ってのは、自分に嘘をつかないってこと!』

少し、溜めて。真面目な顔して、向き直る。

『だかだからさ。あんたも人生、いいように生きよ?』

なんだよ。まじめぶるなよ。
その言葉を大切に、今後の人生を、生きるしかなくなるじゃないか。

美春だって、嘘ついてるじゃんか。
死にたかったんでしょ?本当は。私と出会うずっと前から。

美春の人生に誰が何がどういうふうに関わっているか知らなかった。言ってくれなかった。きっと美春自身も、そんな事は大して気にしていなかったから。
美春の最大の関心は、幸せにいきること。ただそれだけだった。

死んだと聞く一カ月前、美春と電話した時を思い出す。

『私もあの町から出てね!こっちで就職したの!都会ってすごい!今、人生めっちゃ幸せ!あんたは?』
『ふふ。私も幸せだよ。おかげさまでね』

あの時の満足そうな笑い声。
美春はあの時本当に幸せになったのだ。

川で見た横顔が、遺影の笑顔に変わっていく。

ぼんやりと、不幸だったのだ。美春は。
でも私や他の人と出会って、世界を見て、本当の意味で幸せになれたのだ。だから、死んだ。

馬鹿野郎。お前はほんとに馬鹿だ。
あまりの馬鹿さに言葉に出来ない。
懐かしさすら感じる。
そうだ。これは、私を殴る父親の前に立ちはだかった時と同じ馬鹿さだ。

幸せになって終わりじゃないんだよ。そんな簡単なことすら、教えてやれなかった私はもっと馬鹿だ。

「美春。幸せに、生きたんだね」

でも、一言くらい言ってくれてもよかったよ。
気づかなかったら、どうしたんだよ。

自分の不甲斐なさ、無力さに力が抜けた。
美春の馬鹿さに、愛おしさに笑みが溢れた。


幸せに生きよう。そう思った。

幸せの先もあるって事を教えてやろう。

だから今は、泣かせてほしい。

親愛なる友人の死後を幸せにしてやる為に。

4/1/2026, 8:19:01 AM