風に舞う木の葉を見つめ、声を聞く。
きゃらきゃらと笑いさざめく木々が、おいでと招く。
促されるようにして、一歩足を踏み出した。
風に木の葉を舞わせ、踊りませんか、と誘われる。
背中を押されて、戸惑いながらも手を差し出した。
木の葉と共に風に舞う木霊に手を取られ、不格好ながらにくるりと回る。
上手だと、木霊は笑う。
その舞は風を呼ぶよ、と木々が囁いた。
大丈夫だよ、逢いに来るよ、と穏やかな声に励まされ、教えられるままに地を蹴った。
――風が来る。
兄の言葉を思い出す。
先を視る兄が示す風は、彼の事なのだろう。
私の、名付け親。
彼が来る。私に逢いに来てくれるのか。それとも兄の眼を頼りにくるのか。
詳細を聞く前に、知らず駆けだしていた。
当てもなく、目的もなく。
只管に走り、此処へ辿りついて。
そうして今、木霊に教えられながら風を呼んでいる。
まだ、迷いはある。
逢ってもよいのかを悩み、再会した後訪れるであろう別離に怯えている。
それでも、逢いたかった。
ひゅう、と風が吹いた。
風に煽られて木の葉が高く舞い上がる。
木霊が離れ空を彷徨う手を、大きな手に捕らわれて。
強く、強く抱きしめられる。
「銀花《ぎんか》」
少し掠れた背後の声に、呼ばれた。
「ずッと探してた。逢いたかッた」
それだけで、十分だった。
逢いたいの、その一言だけで満たされる。
彼はやはり、特別だ。
――東風《こち》。
りん、と鈴を鳴らす。
鈴の音に乗った言葉に、彼が息を呑んだのが背中越しに伝わってくる。
――東風。顔、見たい。
鈴を鳴らして願えば、捕らえ抱き留めていた手が緩む。
くるり、と後ろを向いて見上げれば、涙に濡れた紫烏色の眼が私を認め、微笑んだ。
「銀花」
名を、呼ばれる。
たくさんの想いを乗せて、彼が与えてくれた私の名を囁いた。
「うれしい。銀花に呼んでもらえて。まだ求めてもらえて」
また少し、抱き留める力が強くなる。
離れたくないと笑いながら泣く彼に、私もだと応えようとして。
ざぁぁ、と強く風が吹いた。
くすくすと、笑う声が響く。
揶揄うように周囲を舞う木の葉を、思わず目で追いかけ。けれど、広げられた黒い翼に隠されて、戸惑い彼を見た。
「煩い。これ以上銀花に構うな」
笑い声が大きくなる。
――東風?
「銀花。頼むから今は此だけを見てて。此以外に心を傾けるな」
願う声に頷けば、笑っていい子と頭を撫でられた。
髪紐の鈴をあやすように触れられ、こそばゆさに身を捩る。
柔らかく細まる紫烏色に、どうしようもなく泣きたくなった。
「銀花?どうした」
何でもないと首を振る。
大丈夫だと、笑みを溢した。
――逢いに来てくれてありがとう。
鈴を鳴らし、感謝の言葉を乗せる。
愛おしい、大切な私の名付け親。
彼のために歌えない事が寂しいと、つきりと痛む胸に、気づかないふりをした。
ざぁざぁ、と風が木々を揺らす。
踊りませんか、と声が響く。
風と一緒に踊りましょう、と誘われて、彼は嫌そうに顔を顰めた。
「銀花に構うな」
声はそれでも止まらない。
踊りましょう、と繰り返し。
木霊が歌うように囁いた。
忘れた歌の代わりに、今度は風と一緒に踊ればいい。と。
彼を見る。
呆けたように目を瞬いて、紫烏色が私を見た。
風が止む。声が止んで、静寂が訪れる。
「銀花」
確かめるような響きを持って、名を呼ばれた。
抱き留められていた手が離れ、一歩距離が開く。
跪いて、手を差し出され。
「銀花、踊ろう。今度は此と一緒に」
優しく笑い誘う声に、怖ず怖ずと手を重ねた。
20241005 『踊りませんか?』
10/6/2024, 1:37:38 AM