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遠い日の記憶…

訪ねたのは、秋だった…と思う。

まだ世の中の道が舗装されておらず、大きめの石がゴロゴロしているような砂利道だった頃。

少しだけ坂道の細い長い道を登っていくと、ちょこんとふさふさでもふわふわでもない、多分雑種の頭の小さな犬が、誰〜?何〜?といった顔で出迎えてくれる。名前は…なんて言ったかな。

番犬にしては、痩せていて、小さくて唸るでも無く、吠えるでも無く…尻尾を振って歓迎!でも無く…ただポカーンとしている印象が強い犬。

数年後、道でよろけた飼い主を庇って、交通事故で亡くなった尊く、優しい犬…。

飼い主とは、私のお婆ちゃんだ。

田舎の住宅が密集していない、まるでジブリの映画にでも出てきそうな、ポツンと立つ家。

その家には、水を汲み上げるポンプがあり、山葡萄の蔦と実がたわわにぶら下がり、コクワの実、木苺、グズベリーが家を覆っていて、裏には広大な墓地。

トイレは 穴があるのみ…トイレットペーパーなんて無い…色紙を貼った箱の中に、硬い薄グレーのちり紙。

台所に蛇口がなく、大きな瓶があって必要な冷たい水が溜まっている…そこから柄杓で汲む。

お風呂は、産まれて初めて見た五右衛門風呂…外で薪を燃やして湯加減を調整…してるのかな…風呂の釜周りは死ぬ程熱く、釜の上に浮かんでいる丸い板にそう〜っと足を乗せて沈めて入る。

私はこの家が、大好きだった。

部屋に行くと、背中を丸くしてお爺ちゃんが新聞を読んでいる。

昔の人なので、ちょっと怖い印象だけれど私が読んでいる顔を覗き込むと、ちょっと照れて、ふふふっと笑う。

狭いけれど、見たこと無いモノが溢れていて、ワクワクが止まらない。

ふとお爺ちゃんが、おいでおいでと手で呼んでいる…何だろう…近付くと、『な…コイツはな、悪い事をしたヤツなんだな、だからな、これをこうして、こう!』と言って、新聞に掲載されている?何かで捕まった人の写真の顔に、イタズラ書きをして、にぃ〜っと笑う。

普段、遊びに行ける場所に住んでいなかったので、随分久しぶりに来た孫にどうしていいか、解らなかったそうだ。

お爺ちゃんと2人でゲラゲラ笑う。
楽しかったな〜

夜にそっと、裏の墓地を覗いたら、す〜っと青白い炎のような小さな光が見えた…。

朝起きて、お婆ちゃんに話すと『あらぁ〜、そうかい、そうかい、あんたには見えたんだね、あれは魂の炎なんだろうねぇ』と、当たり前のように話してくれて、何だかとてもホッとした思いがある。

私はあの時、幾つだったのか…
断片的にしか、記憶に残っていないけれど、全てが珍しく、ニコニコ笑って私を可愛がってくれたお爺ちゃん、お婆ちゃん、ポカーンとしていた優しい犬、もう会えないけれど、遠い…遠い…温かい記憶。

もう二度と戻らないあの日、これからもずっと忘れないでいたい懐かしい大切な記憶を思い出すたび、心に、胸に暖かな炎が灯る…





*読んで下さり ありがとうございます*

7/17/2023, 1:17:32 PM