天津

Open App

バレンタイン

朝、昇降口のガラス越しにA子の姿を見た。手にラッピングされた物を持っていて、それを素早くロッカーに入れて立ち去った。なるほど今日はバレンタインだった。
自分のロッカーを開ける。昨日の放課後から全く変化のないことを確認し、靴をしまう。A子が入れていたのはこの隣だったな、とさりげなくYのロッカーであることを確認する。
1限がすぎ2限がすぎ、昼休み。
自席で昼食をとっていると、Yとその友人の会話が聞こえてきた。
「お前チョコはもらったか」
「いいや一つも」
「俺は今日これがロッカーに入ってたんだよ」
ちらと見ると、中の見えない赤い小袋から四角いケースを取り出していた。クオリティ高いよな、とYが話す。どうやら手作りらしい。
「でも誰からなのか分かんないんだよな」
メッセージカードも何も、贈り手を示すものがないらしい。
「誰がくれたものか不明なのは怖いね」
「だよな。そもそも手作りの物自体が苦手だし、輪をかけて得体のしれないこれはとても食えない。だから捨てることにする」
そう言ってYは元通りにラッピングし直し、教室後方のゴミ箱にチョコを捨てた。
そして、そろそろ昼休みも終わろうかという頃。なんだか教室後方が騒がしくなったので振り返ると、B美が床にへたり込んで肩を震わせていて、数人の女子が励ましていた。覗くと、B美の膝の先に赤い小袋。
なぜB美が泣くのだろう、あれはA子のあげたものだよな。そう思っていると、騒ぎを聞きつけて寄っていったYが謝り始めた。誰のか分からなかったから捨てたのだ、しかし配慮が足りなかった申し訳ない、と。
すると、B美はきょとんとして、困惑した様子で言った。
「あんたにあげた覚えはないけど」
そうだよな、と僕は理解した。B美が二の句を継ぐ前に、3限開始のチャイムが鳴った。

すべての授業とホームルームが終わり、放課後。
帰ろうとして教室を出ようとしたとき、A子に声をかけられた。来て、と言われるままに廊下を歩き、ひとけのない辺りに出る。A子は鞄に手を突っ込み、長方形の箱を取り出してこちらに押し付けた。何事か言い訳しながら。
足早に去っていくA子の背を見送りつつ、箱を手の中で弄ぶ。
これはこれで怖くて食べられないな。家で捨てよう。そして、なるほど、B美のフォローをしないと疑われるのは僕なんだな。
なんとも苦い心持ちで、もらった箱を鞄にしまった。

2023/02/15

2/14/2023, 7:38:50 PM