Werewolf

Open App

【ずっと隣で】成長型アンドロイド25M873931の独白

 人の隣人としてアンドロイドが常にいる時代になって早百年。思考が人間にほど近く、しかし命令と任務に忠実で、ファジーな対応もできる、そういう形で売り出されたアンドロイドは、それなりに経済、社会に進出した。ここ二十年は特にリーズナブルな量産型のアンドロイドの普及が飛躍的に伸びた。
 中でも外見と機体の能力を七歳の子供程度に抑え、育児補助、つまり乳幼児から小学校入学までの送り迎えをはじめとした各種対応や、見守り機能による連絡を行える、チルドレンガーズと呼ばれるラインのものは大変に人気が出た。当初は見守りロボにも劣るとか、両親の代わりに医療を手配出来ないとか様々な誹りがあったようだが、私が生まれた頃には妊娠したら手配する、というレベルの、謂わば日常家電のレベルになっていた。あくまでも人間である両親の補佐がメインであり、子供の熱や嘔吐があれば、その場での対応はするものの、救急、警察への連絡は命の危険が迫っていない限り、両親からの手配を待つ。これによって両親の留守中の悲劇は減ったし、最近では自宅にいながら自家アンドロイドが代替で仕事をするシステムも確立しつつあり、子供は健やかに育っていく。
 ……はずだった。実は私は今、大変困ったことに直面している。この腕の中にいる赤ん坊の親、つまりマスターたる人間が、もう三日も帰ってこないのだ。乳幼児なので食事はミルクで済んでいるし、オムツや着替えは通販手配の許諾があるので何とかなっている。ただ、何の連絡もなく、またこちらの連絡も遮断されるというのは、最悪のケースではないかと考えている。ニュースはくまなく探したが、マスターの名前や人数と一致するものはない。マスターは妻との離婚の後、私と赤ん坊を引き取る選択をした。私が記憶している限り、彼と元奥方との仲はネガティブな反応をせざるを得ない。口喧嘩は絶えず、時々奥方は我が子を殴ろうとした。勿論私がそれを止めていたが、何度か奥方に殴られて、実は側頭部が少し凹んでいる。活動に支障がないので放っているが、メンテナンスのタイミングで直してもらおうとは考える程度のものだ。
 そんな奥方との別れの後、マスターは保育園を探していたが、時期が悪くどこにも入れられなかった。マスターは私がいるとはいえ不安だったのかもしれないし、私を廃棄したかったのかもしれない。何にせよ、マスターは帰宅すると一応子供部屋のベッドを覗いて、それから酒を飲むような日々だった。
 これは私がホームセクレタリーの許諾をもらっているので知っていることだが、彼の日々のストレス値は上がり続けていた。心拍数は不正な上下を繰り返し、体温も微熱が続き、睡眠の浅い日がずっとあった。しかしスマートフォンに送る私からの提言を確認した様子はなく、酒とどこかで買ってくる、塩分の高い食事を延々と繰り返していた。
 ニュースに名前が挙がっていないだけで、マスターがどこかで倒れてしまっているのかもしれない。
 赤ん坊を風呂に入れていると、その子は「んーま」と喃語を発した。本来なら父母に向けられるべきそれを、私が先に聞いてしまった。なんとなく、情報デバイスの過去ログを保存する。もしマスターが戻ってきたら、真っ先に見せなければならないからだ。

 あっという間に翌日になってしまった。結局マスターは帰ってこない。私がどうするべきか悩んでいるうちに、赤ん坊が熱を出した。これは不味い、と私はまたマスターに連絡を入れる。私は児童の安全を第一に設計されている。ただし、その判断は必ず保護者の許可を優先するのだ。
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」
 無情なる音声に、君もAIなら少しは弁えた対応をしろと言いたくなるが、AIなのだからするはずもない。
 私は困り果てて、最後の手段を取ることにした。
 赤ん坊の熱を測る。三十八度。脳の蛋白の凝固まであと二度。乳幼児のそれは乳離れした子どものそれより重たい。熱の数値の記録を取り、私は自分の販売元が契約している緊急医療受付に連絡を入れた。けぽ、と小さな音がする。レポートに嘔吐を即座に加え、口腔内に吐瀉物がないか確認し、水を流し込んで吐かせた。この命が危ないのに、マスターは、どうして。
 私はどうしてか分からないが、その赤ん坊を抱きしめていた。いつもより熱の高い体がぐったりとしている。この命は私が隣にいなければ失われてしまうのではないか。空恐ろしい可能性を極力シャットアウトして、平たい文章で最悪を読み上げていく。死亡、後遺症、高次機能障害、失明、難聴……早く医療チームの返答がほしい。
 と、思った瞬間に着信した。
「25M873931、よく連絡した。もう近くまで来ている。玄関まで出られるか?」
 人で言うなら、安堵だろうか。最悪が一つずつ消えていく。残るものもあるが、死ぬよりは絶対にいいものばかりだ。
「向かいます」
 けっ、とまた赤ん坊が吐いてしまった。それを軽くタオルで拭いながら、私はマンションのエントランスまで降りるのだった。

 という記録を、その時の赤ん坊だった、今のマスターが見ている。彼女の二十歳の誕生日に、今の両親、つまり里親となった家族からの要請で、マスターを彼女に変更の上、当時の記録を見せることになったのだ。
「マジだ〜……ハナサクいなかったら死んでたじゃん」
 うわ〜、と苦い顔をしているが、それでもマスターはすぐに笑みを浮かべた。
「命の恩人! ボディ寿命で引退とか言わないでよ、換装すれば一緒にいられるんでしょ?」
 おや、と私はつい口にしていた。
 私はあれからもずっと七歳の姿で彼女の世話をしていた。新しい里親夫婦の家はそれなりに裕福だったが、私に回す経済的余裕はなかった。メンテナンスと充電で十分、彼女が大人になるまで見守れれば、私はそれでよいと思っていた。
「お金、私頑張るから! ハナサクももうちょっと頑張ろうね」
 それを聞いて、両親が苦笑している。彼女は何を目的にしているかは分からないが、高校生の頃からバイトやお年玉で相当溜め込んでいた。私の換装くらい、余裕なくらいに。つまり、頑張るとは言ってるが、恐らくすぐにその日は来る。両親はもしかしたら、その貯金の意味まで理解しているのかもしれない。
「……ええ、待ってますね」
 と、私は知らない顔をすることにした。握手を交わした手が、ずいぶん大きくなった、と回路が記録を更新した。

3/14/2026, 9:24:54 AM