ショートストーリー「まだ見ぬ景色」
同じ日々の連続に慣れてしまった。
学生時代の日々を振り返り想い焦がれる。毎日が新鮮な出来事だった。
ある朝、僕はベッドから起き上がれなくなった。
原因を考えたら一つのことしか思い浮かばなかった。
通勤帰りの途中、二人が死亡する事故現場に遭遇した。
その時の光景がいつまでも僕の頭から離れない。
気づいたら外に出ることができなくなった。
家から一歩でも外に出ようとすると手足が震え、呼吸がしづらくなった。
家に引きこもるようになって今年で十年になる。
生活費は親と兄に頼っている。
どこからか僕を嘲笑う声が聞こえ常に誰かに見られている気がする。症状が始まったのは引きこもってから五年目が経ってからだった。
家の玄関に監視カメラをつけて欲しいと親に頼み込んだが、怪訝な顔をされ断られた。
「いい加減もうそろそろ働いたらどうだ?」
こんな言葉を毎日のように言っていた兄は家に引きこもるようになって三年が経つ頃には諦めたようで、口を閉ざすようになった。
僕もこのままではいけないと思っている。
家の中で出来る仕事を探していたが、なかなか見つからない。
こんな僕でも何かできることはないかと読書を始めた。
幸運なことに読書家の父は僕の行動を喜んでくれ、本代の費用を捻出してくれた。
「これを飲んでみて欲しい。」
引きこもって八年目のある日、両親が薬を差し出してきた。
どうやら精神病の治療薬らしい。
精神を病んで引きこもってしまった患者の家族のためのセミナーに行ってきたようだ。
セミナーの主催者の精神科医のもとを両親が助けを求めに行ったのだった。
僕の症状を聞くとすぐに統合失調症だと診断が下り薬が処方された。
薬が入った袋には、リスペリドンと書いてあった。
服用して初期の頃は効果を特段に感じなかった。ただよく眠れるようになった。
一ヶ月が過ぎる頃には、僕を笑う声や誰かに見られているという感覚はなくなった。
半年が経ち部屋から出られるようになった。
部屋から出てきた僕を両親が抱擁してくれた。僕も両親も兄も沢山泣いた。
家の外には、まだ出れない。
でもきっと。部屋の外に出ることができたように大きな一歩を踏み出すことができるはずだ。
1/13/2025, 10:13:18 PM