しそひ

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鏡が好きじゃなかった。
博士が作成したクローンは数多くいるが、その中でも異様な顔立ちをしていた。目や鼻などの過不足はないものの、人間を元に見た際口元が特殊らしく、歯というものがなかった。
その代わり、強力な体液により食べ物を溶かすという食材の味が分からないクチだった。
気にしているのを勘付かれたのか、口元を隠す覆面を博士は作ってくれたため、そこに関しては現在大きくは気にしていない。
問題は顔色だった。他に比べて圧倒的に顔色が悪く、不健康的な見た目がどうにも気味が悪く好きになれなかった。皆は気にしなくても問題ないと言ってくれてはいるものの、青白い自らの肌を見てあまり良い気分はしなかった。
ある日、やはり「無感覚」という肩書きから、神経なども抜かれたような見た目にされてしまったのか。考えたくないが、どうしてもそのことが頭によぎって支配をしてくる。
「考え事かい?」
「ああ、慎太郎」
彼の名前は青鷺慎太郎。同僚みたいなものだ。基本的には、礼儀正しく安心感を与えるような声色と話し方。
「やあ神已。下を向いていたら視野が狭くなるよ。そんなのつまんないさ。俺が無理やり上を向かせてあげようか?」
ただしかなりの危険思考。
「お前に頼めば首の骨が心配だ」
「よく気づいたね。それで?悩み事?」
まあ正直こんなことを言うなんて贅沢すぎると思う。しかし無意識に口は動いていた。
「簡単に言えば肌色のことを考えていた。皆とは違うから多少気になってしまって」
「ふーん」
「すまない。ただ……少しだけ他人に共有をしたくて」
そう。それだけなんだ。それだけで十分。このことを自分一人で抱えていないという事実だけで救われる…
「神已のことだから解決しようとも考えてないでしょ?」
危険思考ではあるが、慎太郎について一つは分かっていることがある。
「全く考えていない」
「じゃあ俺から言えるのはこれだけだね。話してくれてありがとう」
彼は温もりがないわけではないことだ。
「こちらこそ。聞いてくれてありがとう」
その日をきっかけに、部屋の鏡を真っ直ぐ見れるようになった……ほんの少しの間。

8/18/2023, 11:36:42 AM