「こうなることは、最初から決まっていたのですね」
紅梅色の唇を震わせながら、女は叫んだ。
握りしめた手先が白んでいるのを見つめながら、男は諭すように言葉を並べる。
「それが、運命というものです」
「詭弁だわ」
ひときわ大きな声で叫ぶと、女は男を睨む。
「何が運命だと言うのです。貴方の掌で転がされることの、何が運命だと? 神様でもなったおつもり?」
「神を名乗るなど、畏れ多い。私はただ──」
「ただ、何ですか!」
琥珀色の瞳は怯えに満ち、抑えきれぬ怒りが涙になって溢れていく。男がどう取り繕おうとも、最早その耳に届くことはないだろう。
男は諦め、女から視線を逸らした。
「いつからです? 父に近寄ったのも偶然じゃなかったのでしょう。会社の経営が傾いたことは? 母の墓参りで会ったことは? まさか、母の死も、あな──」
「これで七人目でございますよ」
窘めるような口調で言いながら、世話係のメイドは窓を開ける。
木々に濾過された涼やかな風が部屋の中を駆け巡り、微かにあった鉄の匂いを追い出していく。
「今度こそ、運命だと思ったのに」
「自立した強い女性が良いと、坊っちゃんが我儘を仰るからですよ。もっと流されやすい──いえ、ロマンチストなお嬢さんをお選びになればよろしいのに」
男は罰が悪そうに項垂れながら、仕方がないだろう、と呟いた。
「君みたいにしっかりした女性の方が、優柔不断な僕には良いと思うんだ」
「それはごもっともでございますがね。庭がいっぱいになる前に、運命の相手を見つけていただかないと困ります」
濡らした布巾で床を拭きながら、メイドは軽口を叩く。
窓の外で土を掘る使用人達をぼんやり眺めた後、男はメイドの方に向き直った。
「いつもすまないね。昔から君には迷惑ばかりかけている」
「あら、構いませんわ」
布巾をバケツに放って立ち上がると、メイドは男の隣に立ち、窓を閉めた。
「このお屋敷にお仕えすることになった時から、坊っちゃんの役に立つと決めておりましたから」
そう言いながら、メイドは男に視線を向け、朱色の紅を引いた薄い唇を歪める。その蠱惑的な動きを目で追いながら、男はふと考えた。
失踪したという前任の世話係は、果たして本当に逃げたのだろうか。
「こうなることは、最初から決まっていたのでしょう」
運命でございますわね、とメイドはどこか嬉しそうに笑った。
『最初から決まっていた』
8/7/2023, 2:28:27 PM