初音くろ

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今日のテーマ
《優越感、劣等感》





数日間にわたる期末試験も今日でやっと終わった。
今日からは試験勉強から解放され、これでようやく自由を満喫できるというものだ。

「今日、この後どうする?」
「お昼どこで食べようか」
「あ、ごめーん、これから彼とデートなんだー」

いつものメンバーで昇降口へ向かいながら話をしていたら、その中の1人がそう言いながら手を合わせた。
しかし言葉とは裏腹に、その顔にはあからさまに自慢げな表情が浮かんでいる。
口で言うほど悪いと思っていないのは全員にしっかり伝わった。
なにせ、本人が迸る優越感を隠す気もなさそうなのだから。
友人達が一気に白けた顔になるのも当然というものだろう。

「あっそ。じゃあ早く行ったら?」
「そうそう、彼氏待ってるんじゃない?」
「待たせたら可哀相だし、あたし達のことはいいから行ってあげなよ」
「やだ、そんな追い出すみたいに言わなくてもいいじゃん」

みんな彼氏がいないからって僻んでるんでしょ?
そう言いたげな態度と口調に、友人達の顔からじわじわ笑顔が剥がれてくる。
このままいくと本格的に関係に亀裂が入ってしまうかもしれない。

「はい! わたし超おなかペコペコだから、お店が混む前にお昼食べに行きたい!」

一触即発の空気なんか気づいてません、というように、わたしは敢えて空気を読まずにそんな発言をした。
いつメンの中でも一番仲良しの親友だけはわたしの意図を察してくれたらしく、すぐにそれに乗ってくれた。
ムードメーカーの彼女が頷くと、若干険悪だった空気はすぐに緩み、他の子達も追従してくる。
彼氏自慢をしたがってた子にみんなで「またね」と手を振って、何とか穏便にその場は収まったのだった。


お昼を食べた後は、試験の打ち上げを兼ねてみんなで夕方までカラオケに行った。
ところどころであの子に対する愚痴が飛んだけど、普段は仲が良いだけあって深刻な悪口にまではならない。
みんな、自分達に羨む気持ちがあるのも、彼女が舞い上がってちょっと暴走しちゃってるのも分かってるから。
とはいえそれを笑顔で受け流せるほど大人でもないから、思い出したように愚痴が出ちゃうんだけど。

「自分だけ彼氏持ちになったって優越感マシマシなのが鼻に付くんだよね」
「ほんとそれ」
「ノロケならいいんだよ。でも、あれは違うじゃん?」
「えー、あたしノロケも聞きたくないんだけど」
「私は種類とか話し方次第かな」

またもぶり返した話題に、わたしは親友とこっそり目を見交わして苦笑した。
実を言えばわたしも親友も彼氏持ちだったりする。
でもそれぞれ相手が別の高校に通ってるから話題に出すことはない。
隠してるわけじゃないし、聞かれたら普通に話すけど、自分から率先して話したりはしてなかった。
日頃から「彼氏がほしい」という彼女達に話したら自慢してるように思われそうだし。
だからわたしと彼女は余計な口を挟むことなく、飲み放題のジュースのおかわりと称してそっと席を立ったのだった。

「彼氏ほしいって言うけど、みんな好きな男子っているのかな?」
「あの子みたいに、告られました、相手のことも好きになりました、ってことなら平和につきあえるだろうけどね」
「合わない相手とつきあうくらいなら、友達とわいわいやってた方が楽しくない?」
「分かる」

ドリンクバーでジュースを注ぎながらそんな会話を交わす。
でも、そんな話をしながらも、みんなの言いたいことも分かるような気もしていた。

自分だって恋をしたい。
誰かの特別になりたい。

そんな気持ちはきっと誰しもが持つものだろう。
そして、恋をして楽しそうにしている友人の姿をつきつけられて、我が身に起こらないことにささやかな劣等感を刺激されてるのだろう。

わたしも、この親友に彼氏ができたばかりの頃は似たような鬱屈を抱いていた。
自分の片想いは叶いそうにもないのに、と羨んでいた。
結果的にはそれから程なくして恋は叶ったし、おかげで嫉妬も羨望も劣等感もすぐに消え失せたんだけど。

「彼氏と過ごす楽しさと、友達と過ごす楽しさは別物だからなあ。きっとあの子ももうちょっと落ち着いたらちゃんと分かって戻ってくるでしょ」
「そうだね。今はつきあい始めの一番ウキウキしてる時期だもん、しょうがないよね」
「そうそう。まあ、暫くは彼氏とあんなことして、こんなとこ行ったって自慢しまくりでウザがられそうだけどね。私も前にやらかしてたからちょっと居たたまれないんだけど」
「あはは」

主にノロケを聞かされまくって辟易してた被害者として、その言葉に思わず苦笑してしまう。
もっとも、わたしも彼とつきあい始めてからはノロケたり相談に乗ってもらったりしてたから、それについてはお互い様だ。

「みんなもいい恋ができるといいよね」

子供の頃にCMで『初恋の味』というキャッチフレーズが使われてた乳酸菌飲料。
真っ白な炭酸入りのそれを手に、祈るようにわたしはそう呟いた。





7/14/2023, 7:00:41 AM