私は毎日、所謂平凡な日常を送っている。決まった時刻に起き、決まった朝食をとり、決まった服を着て、決まった時間に出勤する。そこに感情の起伏は一切感じられない。
「うちの子、全く勉強しなくて。どうしたらいいんですかね、先生」
「高校生になったばかりで、多感な時期ですからねぇ。本人なりに考えていることもあるかもしれません。今はじっと我慢して見守ってあげるのも良い判断だと思いますよ」
「そういうもんなんですかねぇ…ほんとうちの子このままで大丈夫なのかしら。すみませんねわざわざ面談なんてしていただいて」
「いえいえ、大切なお子様の将来のためですから」
「ほんと、ありがとうございました」
今日このテンプレを何回使用しただろうか。本当に『すみません』と思っているなら、面談に来るのを控えていただきたい。琴線に触れないよう細心の注意を払いつつ会話をするのはかなり疲れる。おそらくホストもこんな感じなのだろう。
机の上に置かれた生徒の成績一覧をボーッと見つめていると、チャイムが鳴った。どうやらさっきのが最後の面談だったらしい。重い腰を上げて職員室へと戻った。
「あ、湊斗くんおかえり!どうだった面談」
向かいの席に座る文乃先生が話しかけてきた。
「良い刺激になりました。流石に疲れましたけどね」
「そう、大変だったね。今日くらいは定時に上がったら? たまには家でゆっくりすることも大事よ」
「それもそうですね。ちょうど仕事が溜まっていないので、今日は上がらせていただきます。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
特に家に帰ってもすることはないが、学校にいたら余計疲れてしまうため帰ることにした。机の上に散乱しているラインマーカーをバッグに突っ込み、足早に職員室を出た。
帰宅途中、家に何も食べるものがないことに気が付き、コンビニに寄った。食へのこだわりは特にないためサラダチキンとおにぎりだけを買うことにした。支払いのためにバッグの中から携帯を取り出そうとするが、ラインマーカーが邪魔で中々取り出せない。レジの順番が来たところでやっと黒い携帯を取り出せた。
家に着くと少し疲れが取れた気がする。決まった場所に荷物を置き、夕食の準備をした。
食卓に並ぶモノはあまりにも簡素であった。食品どころか食器まで簡素で色がついていない。ふと顔を上げて周囲を見渡すと、部屋の物すべてに色はついておらず、唯一色があるのは適当に置かれたバッグからはみ出るラインマーカーだけであった。
『酒、タバコ、金、愛、食、性』私はどれにも興味がなく、モノクロの世界で生きている。ラインマーカーでさえ、あそこまで色とりどりなのに。
「…はっはっは……あっはっはっはっは!!」
もはや生きる意味さえをも見失っている自分を俯瞰してみると、あまりにも滑稽で涙が出るほど笑った。
冷蔵庫の中に入っていた缶チューハイを抱えて、屋上へ駆け上がった。
柵に身を預け、何度も吐きそうになりながら酒を飲んで飲んで飲みまくった。そこで初めて世界に光が宿った。社会はネオンに包まれ音に溢れていた。
色とりどりな現実に夢中になっていた私は、柵が外れかけていることに気が付かず、そのまま全体重をかけた。
胸ポケットには、シュレッダーをかけ忘れていた生徒の成績一覧が入っていた。
1/8/2026, 3:08:42 PM