「不完全だからこそ、人間は人間たり得る」
右側にある窓、そのカーテンの隙間から漏れる、昼の気だるい陽の光を浴びながら僕は言った。
「どうしたの急に」裸体にシーツを纏わせただけの彼女がベッドに横たわったまま笑う。「難しい学者さんみたいな事を言うのね」
僕は少し前に脱ぎ捨てた衣服から煙草とライターを取り出して火をつけた。
「もっとムードのある話をしたら?」彼女はよく懐いた猫のように目を細くして微笑んでいる。
「卑俗な言い方だけど、男は出すものを出すと妙に頭がすっきりするんだ。それこそ聖人君子にでもなったかのようにね。強い酒でも飲まなきゃ、今はとても愛を囁くような気分にはなれないよ」僕はフーッと煙を吐き出した。
「あら、女だってそういう時はあるわ」言葉とは裏腹に、半身を起こした彼女は僕の背中に体を押しつける。二つの柔らかいものが、ぎゅうっと潰れる感触がした。「それに聖人君子って言ったら、完璧な人間てことじゃないの。でもあなたに言わせれば、それは人としては不十分という事なのかしら?」
「君は、知識と教養を全て兼ね備えていて、人徳にも溢れた“とても良く出来た人”っていうのに、惹かれるかい? 僕にしてくれたみたいに、愛を捧げられる?」
彼女は少し考えてから口を開いた。「……無理ね」
「私は、あなたの少し強引で、少し馬鹿で、調子のいい事を言って、でも私だけを大事にしてくれるところが好き。とても好きよ」
いったん言葉を切ってから、彼女は抜け目なく言った。
「あとルックスも大事、絶対に」
「ははっ!」僕は声を上げて笑う。「いいね、欠陥のある、人間らしい言葉だ」
「ひどい事言ってる自覚はあるわよ」僕が笑いすぎたのか、彼女は拗ねたように言った。
「でもそれでいいんだ。完璧な人間ってのは、僕らみたいな奴にとってはもう人間ではないんだよ。だから純粋な魅力を感じることはできない。神様みたいな人、なんて変な言葉で片付けちまう」
僕は白い天井に向かってまた煙を吹いた。
「僕らは不完全だからこそ人間たり得る。そして惹かれ合うんだ」
急激に、後ろにいる彼女に愛を囁きたい気分になって、僕は煙草を灰皿に押しつけてからもたれる彼女の身体を抱き寄せた。
▼不完全な僕
9/1/2023, 1:47:19 AM