-ゆずぽんず-

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山と海に面した自然の恵みが豊富な地元を離れたのは、19際になろうかという時分だった。生まれた頃からこの小さな海の町で育った。田舎とまではいかないまでも、街というには小さすぎる。そんな町で幼い頃から沢山の友人や師に恵まれ、数え切れないほどの思い出を育んだ。そりゃあ私だって人間だ。誰かを疎ましく思ったり、憎んだりしたことだってあった。
小学2年生の頃。時期こそ覚えていないが、道徳かなにかの授業をしていた。みんなで机を丸く並べて、ディスカッションのようなことをしていたのかもしれない。誰かに名を呼ばれたら中心に置いてある机の前に立って、テーマに沿って自分の思いや考えを発言する。クラスの全員が発言するよう、時折、まだ発言をしていない児童に先生から名を呼ぶ声が挙がっていた。物心ついた頃から話すことが大好きな私は、誰よりも早く自分の想いを語っていたと思う。子供の話すことなので、もちろん支離滅裂だったと思う。けれど、クラスのみんなや先生は大きな拍手と嬉しい感想を返してくれた。
彼に興味を持った。否、正確に言えば彼を初めて認識したのはそんな授業中のこと。一際、身長の低い男の子が名を呼ばれて中央の机に向かったのだが、その動きも一際ゆったりとしていた。名は「シュンスケ」くん。クラスでも身長の低かった私よりもシュンスケくんは更に低かったんだ。そんな彼がクラスにいたことも知らなかったのは、授業が終われば無邪気に駆け回る子供だったからであろう。そんな私も、彼のことが気になって仕方がなくなっていた。どんな子なんだろう。何をして遊んでいるんだろう。好きなものはなんだろうと色んなことを考えた。が、考えるよりも動くことの方が早かったかもしれない。彼に声をかけていた。確か一言目は「ねぇねぇ。なんしょん?いっしょに遊ぼうや」だった筈だ。「筈だ」と言ったのには理由がある。私は人見知りをしないので誰にでも簡単に話しかけていくような子供だった。それこそ大人にも躊躇なく。
シュンスケくんと友達になってから、毎日のように彼の家へ遊びに行っていた。彼や彼のお兄ちゃん、お兄ちゃんの友達やその友達の兄弟。大所帯で毎日騒いで「スーパーファミコン」で遊んでいた。笑顔と笑い声で溢れ、それはとても楽しい時間を毎日毎日。シュンスケくんにはイタズラもしたんだ。彼がトイレに行けば、そっと忍び足で近づいて施錠されていない扉を思いっきり開け放つ。すると彼は一瞬驚いた顔をするが、直ぐに満面の笑顔で「もー!しめて!」と怒る。悪いとは思っていてもなにぶん年端も行かぬ子供、また直ぐに同じことをするんだ。
そうか。思い出した。彼と出会った道徳の授業、あれは春だ。二年生になってすぐに道徳の授業。将来の夢や目標をテーマにして、併せて自己紹介をしたんだ。それで彼のことを知って興味を持った。何故ここで、こんな大事なことを思い出したのか。それは私にとって、この先いつまでもずっと忘れることが出来ない出来事が記憶を曖昧にしているからだ。とても切なくて悲しい、胸が張り裂けるような辛い出来事だった。
彼と出会った道徳の授業から、夏休みまではあっという間だった。毎日重い瞼をこじ開け、眠い目をこすりながら登校した。授業は楽しかったし、小休憩や大休憩には友人たちと沢山お喋りをした。昼休憩には、美味しいご飯をみんなと一緒に笑顔で頬張った。夏休みまであっという間に感じたのは、そんな毎日を送っていたからだろう。夏休み中は、宿題や友達との約束で忙しなかった。50円玉を握りしめて市民プールに急いでは、兄弟や友人たちとじゃれあって、沢山泳いだ。シュンスケくんと遊ばなかったのは、夏休み前に風邪をこじらせて休んでいたからだった。いつ治るか分からないし、治っていても遊びに行っていいのかわからなかった。あんなに非常識なくらい、毎日遊びに行っては騒いでいたのにどうしていいのかわからなかったんだ。「シュンスケくん、風邪が治ったらまた一緒に遊ぼうね」そんな内容の手紙を書いた。長くはないが、彼を心配して筆を走らせた。大事に手に持って彼の家に届けに行ったが、郵便ポストがどこにあるか分からなくて窓や玄関に挟めないかと試してみたものの、無理だった。それで諦めて帰ったんだ。彼に会えなくて寂しくて泣きながら帰った。
夏休みが終わった。みんな思い思いに学校へ足を運ぶ中、私はシュンスケくんのことだけを考えていた。風邪は治っただろうか、元気になったのだろうか。はやる気持ちと不安の両方を胸に抱え宿題で重くなったランドセルを背負って歩いた。校門を過ぎて校舎が見えて気持ちを抑えられなくなった私は、シュンスケくんに早く会いたくて教室までなりふり構わず走った。
とうとう彼に会えなかった。教室に飛び込んだ私の目に映ったのは、彼の机に添えられた花瓶だった。教室に入ってきた先生が挨拶を早々に、「みんなに大事なお話があります」と言った。先生は何を話すのだろう。彼の机に花瓶があるのは何故だろう。なぜ彼はいないのだろうと、考えをめぐらしていた私の耳に先生の言葉が飛び込んできた。「シュンスケくんは、ご病気で夏休み中にお亡くなりになりました」と震える声が教室の喧騒を吹き飛ばした。ずっと病気と闘っていたという。苦しいのに、痛いのにいつも笑顔でいた彼は兄弟や友人には一切、そんな苦しそうな姿を見せなかった後になって聞かされた。「楽しく遊んでいたいから、心配をかけたくないから」と彼なりの精一杯の思いやりと強がりだったそうだ。
今は同級生や友人とは縁が離れてしまった。それでも彼、「シュンスケ」くんのことだけはいつまでも色褪せない記憶として胸に焼き付いている。19歳になる前に地元を離れ、遠く宮城は仙台にひとり移住をした。地元が嫌になったとか、嫌いだからとかそんなことではない。もっと広い視野で世の中を見てみたかったから。新しい自分に出会いたかったからだ。

今私は新しい自分になって大きな街「杜の都 仙台」で彼のことを思い出して冬の澄んだ空を眺めている。いつまでも彼と過ごした時間は忘れることはないだろう。彼の笑顔を忘れることは無いだろう。
ネオン輝く宮城の大きな街へ、白い息を吐きながら改めて彼を強く想う。


彼はいつも私の記憶の中で、永遠に。


#街へ

1/28/2023, 11:56:28 AM