#93 柔らかい雨 / どこまでも続く青い空(10/23)
雨…雨は、やっぱり好きになれない。
傘をさしていても、
荷物が濡れないように気を抜けないし、
あと僕はメガネを掛けているから、
濡れても見えないし、下手したら曇るし…
ぶちぶちと内心文句を言いながら、僕は家路を急いでいた。
強く降る雨の前に、折りたたみ傘は無力だ。
それでも視界と荷物を守るため、滑る持ち手を握りしめていた。
悪路でも無事に帰宅し、荷物も少し湿ったくらいで済んだ。
だけど、容赦なく雨に叩かれた僕の体は-
-雨の音がする。
熱に倒れた僕は、スイッチの壊れた目覚まし時計のように絶え間なく続く雨音に目を覚ました。
雨は好きになれない。
なにより逃げ場のない感じが嫌だ。
外にいても、家の中にいても、
雨は窮屈さを連れてくる。
「おにいちゃ、おきた?」
寝起きと熱でぼんやりとしていた僕は、
声をかけられてやっと、ベッド横で座る小さな妹の存在に気づいた。
「…マリー」
妹は身を乗り出し、額に手を当てる。幼子特有の、小さくすべすべした手は気持ちがいい。
さらに体を寄せて僕の顔を覗きんできた妹の、
普段なら、どこまでも続く青い空のように澄んでいる瞳は、心配の色に曇っていた。
「おねつ、つらいね、ごめんなさい、マリーが…マリーのせいで…」
確かに、外に出たのはマリーのちょっとしたわがままを叶えるためだったが。
でも、そうすると決めたのは僕だったし、
何より、風邪を引くほど強く雨が降るなんて、誰も予想してなかった。
妹の瞳から、ぽたぽた涙が落ちてくる。
至近距離から降る温い雨を頬で受け止めると、とても柔らかく感じた。
ああ、こんな雨なら好きだけれど。
だからって妹を泣かせておくのは本意ではない。
「いいんだよ、マリーは何も悪くないんだ。泣くのはおよし。せっかくの晴れ空が曇ってしまう」
いつもなら、この言葉で泣き止むが。
「でも、でも…」
「気にしてくれるんだね、ありがとう。それなら、母さんの所に行くんだ。そうして僕の看病のお手伝いをしてくれるかい?」
皮膚を擦らぬよう、そっと涙を拭い、頭を撫でて。
「…うんっ、わかった。おにいちゃ、まっててね」
僕の配慮も知らずゴシゴシ目を擦り、使命感に燃えた妹は、部屋を出ていった。母なら、僕の風邪がうつらないように、かつ妹が満足できるように、うまくやってくれるだろう。
部屋が静かになって、雨の音がより聞こえるようになった。だけど、思っていたより柔らかく聞こえる気がした。
まるで、優しく包み込むような。
11/6/2023, 4:45:59 PM