池上さゆり

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 声を覚えてくれる。そんな貝殻が、透明の貝殻がこの砂浜にはあるらしい。
 一度覚えた声は何年、何十年と経っても変わらず再生できるのだという。そんな都市伝説のような話を祖父から聞いていた。幼い頃は興味の欠片もなかったのに、今は必死にそれを探している。
 そして、そんな私を祖父は止めていた。
「なんでそんなもの探す必要があるんだ。お前には必要ないだろう」
「おじいちゃんには関係ないよ。どうしても欲しいの」
 藁にも縋る思いで探し続けた。夜の海は危険だと言われても、昼間に外に出られない私にとってはその時間しかなかった。
 だが、どれだけ探しても見つからない。どれだけ探しても、その透明な貝殻は見つからない。
 その日も諦めて私は家に帰った。
「今日も見つからなかったか」
「うん」
 いつものやり取りから逃げるように部屋へ行こうとすると、祖父に呼び止められた。ボロボロの巾着袋を手にして、中から何か取り出した。それは手のひらサイズの透明な貝殻だった。
「おじいちゃん、それどこで!?」
「これは俺が見つけたものじゃない。お前の母さんが遺していったものだ」
 そんな話聞いたことなかった。母はある日突然、家出をしていったかと思ったら、その数ヶ月後遺体となってこの家に帰ってきた。
「聞きたいか」
 祖父の言葉に頷くと、そっと貝殻の中に息を吹きかけた。すると、本当に最後に聞いた母の声が再生された。家族を遺してこんな選択をしてしまったことへの謝罪と、今まで愛してくれてありがとうという言葉で音は途切れた。
「……お前もなんだろう。同じことを考えているんだろ。なんで親子そろって同じことしようとするんだ! 声だけ枯れないままま何年も遺される親の身にもなってみろよ。愛されていることに気づいているなら、なぜわざわざ遺族が一番悲しむ選択をするんだ」
 なにも言えなかった。自分の行動を見抜かれていることに驚きもしなかった。
 だが、自分が間違っていることを再認識させられた。いつも怒ってばかりの祖父が泣いているところを見て、もう少し生きてもいいかもしれないと思えた。

9/5/2023, 1:56:14 PM