かたいなか

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「5月8日のお題が、たしか『一年後』だった」
1年前の6月17日って、俺、何してたっけ。去年の行動内容をスマホに溜め込んだ写真やスクリーンショットに求めようとした某所在住物書き。
1年を通り越し、サ終したアプリや消し飛んだ課金額に思いが動いて切なくなり、発掘は5分で終了。
塵は積もり、そこそこの小山となっていた。

「『今日から数えて』1年前だったら、2024年6月17日のハナシだが、『〇〇を実行する』1年前、とかならずっと昔のハナシも書けるんよな」
たとえば「ガチャ爆死する1年前」とか。「大量課金する1年前」とか。……とか。
「……あれ。おかしいな。涙が止まらねぇや」
その日物書きが金銭の話をすることは以降無かった。

――――――

生物学ガン無視な、約1年前のひなまつり。非科学バンザイで過去投稿分と多分繋がるおはなしです。
3月3日の都内某所。丑三つ時のとあるアパートで、当時人間嫌いと寂しがり屋を併発していた自称捻くれ者が、その日の仕事で使う資料を作りながら、無糖のコーヒーを飲んでおりました。

今では平静に穏やかに、かつ最低限以上には幸福な生活を送ってるこの雪国出身者は、名前を藤森といいまして、本当は真面目で誠実で優しいのでした。
と、いうハナシはひとまず置いといて。

都会の荒波と悪意に揉まれ、擦り切れ、はや十数年。藤森の心魂に蓄積した疲労が、重いため息となって、部屋の空気に飽和します。
金を貯めた先の、夢見た未来はどこへやら。
カップに残ったコーヒーを飲み干して、さてもう少し、とパソコンのディスプレイに向き直ったその時。

ピンポンピンポン、ピンポンピンポン。
こんな夜更けに誰でしょう。インターホンを連打するものが在りました。

「ごめんください!」
ストレスと深夜の眠気と、それから物語のお約束で、藤森が相手の確認もせずドアを開けると、
不思議な不思議な子狐が、右手にキツネノチョウチンの明かりを、左手に葛で編んだカゴを持ち、頭をうんと傾けて、部屋の主を見上げています。
「菱餅ヨモギ餅さくら餅、いかがですか!」
チリン、チリン。
揺れるキツネノチョウチンの明かりが、鈴のような美しい音色を、小さく静かに響かせました。

明らかに非現実的な状況です。藤森は数秒硬直して、フリーズした思考に無理矢理再起動をかけ、
「ゆめだな」
頭をガリガリ。ドアノブに手をかけました。
そりゃそうです。コンコンです。モフモフです。
人語を解するウルペスウルペス――ヤポニカだかシュレンキとの交雑種だかの幼獣です。
なんだこれ。 多分夢です。
「いけない。起きないと」

「待って!おねがい待って!」
きゃーん!きゃーん!ここココンコンコン!!
子狐が必死に藤森のズボンを引っぱります。
「このゴジセーなの、誰もドア開けてくれないし、おもち買ってくれないの」
そりゃそうです。急増する強盗・傷害事件によって防犯強化が叫ばれる昨今ですから。
「1個でもいいから、おねがい、おねがい」

きゃんきゃんきゃん、きゃんきゃんきゃん。
防音防振設備の完璧に施されたアパートとはいえ、さすがキツネ。子狐の懇願は、なかなかの声量。
とうとう根負けしてしまった藤森は、その日数度目のため息を吐いて、ひとまず子狐を部屋の中へ入れることにしたのでした。
「それで、私はお前から、どれを買えば良いんだ」

「おもち、かってくれる……!」
きゃんきゃん今まで泣いてた子狐、マネークリップを持ってきた藤森に、キラキラおめめを更に輝かせ、狐尻尾をぶんぶんぶん、ビタンビタン!
「えっと、えっと!ししょく、どーぞ!」
きゃきゃきゃっ、くぅくくく、くわぅ!
初めてのお客さんがそれはそれは、もう、それはとっても嬉しくて、コンコン子狐はついつい、試食用の小さいお餅ではなく、商品用の大きなお餅を、藤森に差し出してしまいました。

ああ、こいつは本当に、商売に慣れていないのだ。
税込み200円の値札を見て、そのわりに大きく、味も非常に良いお餅を、くちり、くちり。
藤森はじっくり噛み締め、よくよく味わって、
「もう1個、違う味のものを貰っても?」
値段によくよく同意したので、尻尾ぶんぶんの子狐に200円、現ナマでチャリチャリ渡しました。
「餅の販売は、今日限りか?店舗の場所は?」

それからというもの1年以上、藤森は餅売り子狐のお得意様。1年前から現代に至るまで、長いお付き合いがコンコンコン、善良に続いておったのでした。

6/17/2024, 3:18:59 AM