この世界には魔物が生息している。
少女は、魔物との戦いの際に発生した洪水に飲み込まれ流され、気が付けば知らない土地にいた。
親切な女性に拾われたが、この場所も、自分の家もわからない。笑うことはできたけれど、不安に泣いた夜もあった。
帰れないけれど、不自由はない。困ることも、別段ない。それでも、本当の家が恋しくなる時もある。ただ、今の家も大好きだった。
どうしたらいいのか、わからなかった。
気付けば、いくつもの季節が過ぎていた。
幼かった少女も、いくつか歳を重ねていた。
あぁ、いい天気だなぁ……。
青い空の下に一人、森の中にある拓けた空間に寝そべる。
まるで、あの時のように。青く深く広がる世界にたった一人。
手を伸ばしても、手を伸ばしても、届かない。
少女を救うために伸ばされた手があった。
少女も必死に伸ばし返した。
けれど、その手に届くことはなくて。その手の主と会うことは、それ以来なかった。
少女は立ち上がって矢を放った。矢は、木の幹の狙った場所へと見事に突き刺さった。
今の家に住まわせてもらうお礼として、少女はいつからか弓を習い、この町へと侵入する魔物を退治していた。それが、少女の恩返しであり、ここに住み続けている口実でもあった。
こんなことをしているよりも、本当の家を捜す旅に出るべきなのかもしれない。
けれど、もし、帰っても逆に迷惑だったとしたら? それよりも、私のことなんてもう忘れていたら?
――どうしても、踏み出す勇気はなかった。
あの時、もしも、手が届いていたならば――。
今頃、変わらず普通にあの町で暮らして、友達とも笑って過ごして、こんなことを思うことだってなくて……。
少女はもう一度矢を放った。今度は、あの空へと向かって。
矢は高く高く、まっすぐ空へと飛んでいく。そして、だんだんとその速度を落とし、今度は地面へと軌道を変える。
「危なっ……!」
矢は少女のすぐ近くへと落下した。
ほら、届かない。
これだけ勢いのある矢だって、あの空の向こうへまでは届かない。
いくら伸ばしたって、あの手は掴めない。
青く深い世界は、抜け出せない。
手を伸ばし、空を睨む。
それでも、いつか――届くだろうか?
いつか、伸ばされた手の主と再会し、そして、再び伸ばした手を掴んでくれる人が現れるのは、もう少し先のお話――。
『青く深く』
6/29/2025, 10:58:22 PM