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いい夫婦の日だ。
そういう書き出しをする人も多かろう。
ある朝妻が、死んでいるのを見た。
途端、彼は誰が殺したのかと、思った。
ひきつった、苦しみの表情。手は、床板を引っ掻いて、爪が割れていた。
床に仰向けになっており、口は開きっぱなし。
外傷はないようだ。見るに、誤飲をしたようであった。
検察のように検分した訳では無いのだが、彼はその妻の死体を、食い入るようにして見た。
これが、昨日共にテレビを見、夕食を共にした、妻であろうかと、男は疑い深く、注目した。
見れば見るほど、それは妻ではない気がしてくるのだった。
それは、驚愕だった。人の死を目前にして、こんなに観察している彼は、自身が怯えていないことに、疑問を抱いた。
なぜ、彼はこんなにも人が亡くなるを恐れていなかったのだろう。
昨日の今日で、しかも八十過ぎの老夫婦である。
明日死んでもおかしくないくらいの、覚悟はあった。
だが、目前にしてみると、何かおかしい。
長年連れ添った妻が、亡くなった姿は、悲しくも美しさもなかった。
棺に入った妻は、美しかろうか。葬儀屋は、死化粧を施すだろう。
そのとき、男は初めて、悲しみを見出す。
老妻の死は、男の胸を引き裂いた。

11/22/2023, 10:47:01 AM