『正直』
「正直な話は苦手だなぁ」
放課後の部室で先輩がボヤく。
「好きに書けばいいじゃないですか。私たち文芸部なんですから」
私の返事に、先輩が「違う違う」と手を振った。その手には、薄っぺらいプリントが一枚ある。
「これ、進路希望の用紙なんだよ。昨日が提出期限だったんだ」
ヘラヘラ笑いながら先輩が言う。
「先輩、期限切れてます」
「今日中に出さないとまた怒られる」
「先輩、もう放課後です」
「ヤバいよねー」
一人で笑っていた先輩は、私の顔を見てピタリと止まった。
「ごめん。キミは心配してくれたのにね。私がふざけてちゃダメだな」
先輩は苦笑いしながらボソボソ言い始めた。
「正直なところ、書きたいものはあるんだけどね、書いたところで、先生に何て言われるかが……怖い。……でも、嘘ついてごまかしても仕方ないし。
……さて、どうしたものかなぁ」
「……なんか、それ、創作と似てますね」
私はぼそりと呟いた。
パチクリ。
先輩はきょとんと瞬きした。
それからまた笑いだす。今度は何かが吹っ切れたような、豪快な笑い声だった。
「そうだね。じゃあ、文芸部らしく、好きに書くことにしよう」
先輩はシャーペンを握り、勢いよくプリントに向かった。
6/3/2023, 4:48:41 AM