「…もう朝か。」
いつからだろう。朝を憎むようになったのは。
『これからも一緒だよ。約束ね。』
小さな女の子が、こちらを見て笑いかけた。そのうち、視界は暗くなり、次第に意識が覚める。
「…またこの夢か。」
寝起きの掠れた声が、俺以外誰も居ない部屋に漂う。今日も外は快晴だ。俺は必然的に外を睨んだ。あぁ、世界は今日も回っている。
俺は中学に上がってすぐ、事故に遭ったらしい。そのせいで俺は、全ての記憶を忘れてしまった。所謂、記憶喪失というやつだ。俺の中には、何かが消えたような消失感だけが残っていた。そんな自分を見失った時期だ。俺があの夢を見始めたのは。不思議な夢だ。何も覚えていないのに、懐かしさで涙を流した日もあった。きっと、それだけ大切な記憶なのだろう。…もう俺には何も分からないけど。
朝は嫌いだ。夢から覚めてしまうから。現実を思い出させるから。世界が始まるから。
夜は好きだ。夢を見れるから。現実を忘れられるから。世界が終わるから。
『ごめんね。』
夢が始まる。しかし、今日はいつもと違う。小さな女の子は、中学生くらいに成長していた。そして、泣いていた。
「何で泣いてるの?」
俺は堪らず、彼女に聞いた。
『私のせいで、君は事故に遭ったから。』
「それって、どういう事?」
『数年前の今日、私が通行車両を見ずに道路を渡ったのを、君は庇って車に轢かれたんだよ。』
そうだ。俺は彼女を守ったんだ。
『私のせいなのに、私は君の傍に居る事も出来ずに逃げたんだよ。最低だよね。』
「最低じゃない!俺は君を守れて良かったよ。」
だって、君が好きだったから。あぁ、全て思い出せたよ。君のおかげだね。
『…約束をしたのも私からなのに、守れなかった。』
「一緒にはいられなかった。でも、君は会いに来てくれた。それだけで、良いんだよ。」
彼女は少し頬を赤らませた。そして、嬉しそうに涙を流した。
『私はこれからも、君だけが好き。好きなんです。』
「俺もだよ。記憶が消えても、この思いは忘れない。」
二人で泣いた。しかし、俺達は笑っていた。
「…もう朝だ。」
夜が明ける。世界が回る。現実はそんなに良いものじゃない。でも、君がどこかで俺を見守っている世界なら、ずっと続けば良いと願っしまう。
4/28/2025, 2:14:32 PM