名前の無い音

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『散歩』


「コンビニまで行こうかな 行く?」
「うん!」

君は
散歩を楽しみにしている 子犬のようだ
見えないしっぽを ブンブンふって

「アイス 買ってもいいかな?」

まぁ そんな顔で言われたら
ダメとは言えないだろう

家から 線路沿いを歩いて5分
コンビニまでの 散歩道
土曜日の午後
街はなんとなく のんびりしている

「見て あじさい!すごい咲いてる」

どうやら線路脇の斜面が崩れないように
線路沿いにあじさいを植えているらしい
線路の先の方を見ると
ずいぶん向こうまでつづいている

「凄いね めちゃめちゃきれい!」
「確かに こんなにしっかり見たことなかったな」

青や紫 濃いピンク
手まりのような花を見ながら 歩く

こんな日は なんとなく 手でも繋ごうか
僕は そっと彼女の手を探した

無い

(えっ?)
彼女の方を見ると 片手で指を折って
片手であじさいの花を数えていた
しかも ちょっと真剣に

「なにやってんの?」
「えー 何個くらいあるのかなーって」
「何が?あじさいの花?」
「そうそう もうね 100個以上あるよ!」

ニコニコで 僕を見上げる
なんだ?これは……この生き物は……

ねぇ 知ってるかい?
君のその笑顔は 犯罪級に
胸に来るんだよ ……

「……はぁ~」

僕は大きく息を吐く

「えっ?なに?なに?なんかした?」
「なんでもない はい 手!繋ぐよ!」
「え?はいっ」

彼女の目が キョロキョロする
僕の手を キュっと掴む

「……ねぇ」
「なに?」
「……やっぱりさ アイス買うの怒ってるの?」

見上げる 君の不安そうな顔に
思わず 本音が出る

「違うよ!可愛すぎんの!」
「え?」
「……もう 二度と言わない」

繋ぐ手に ギュッと力を入れる

「え?なに?可愛い??え?私?やだ 嬉しいよー もう一回!もう一回言って!」

見えないしっぽを
ちぎれんばかりにブンブンふってる
まさにそんな感じ

「言わない!はい 行くよっ」
「えー なんで なんで ケチ」

ふーっと 深呼吸してから
空を見上げた

薄曇り
晴れてるわけでもない
雨が降りそうな感じもしない

あぁ そうだ
あじさいには こんな天気の方が
似合うんじゃないかな
あいまいな空がさ

僕らみたいじゃないか?
僕はパッとしない あいまいな空で
君は 可憐な あじさいの花
僕はいつでも 君の引き立て役で いたいよ

「何のアイス食べたい??」

くりくりな目で 僕を見る

あぁ
ホント 君には敵わないよ

僕は 今日も明日も明後日も
君のために アイスを買うんだよ
きっとね

6/15/2022, 8:49:01 AM