やなまか

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日誌も職員室に持っていったし、黒板も綺麗にした。
窓の戸締まりもオッケー。

最後の鍵かけを終えて下駄箱に行くと、猫の鳴き声がした。実家で昔、私が飼ってた猫に似ている。くるくると喉をならす甘えた鳴き声。

「お前どっからきた」
見知らぬ男子が迷い込んだ猫と喋っている。まだ子猫だ。
「くすぐってぇな、舐めるな。それはダメだって!噛むな、破れる!」
ジャージの袖を噛まれて悪戦苦闘しているみたい。
普段だったら知らない人、それも男子になんて声も掛けられないはずの私だけど。
筆箱に付いているキーホルダーや飾りを手に取って、しゃらしゃら鳴らしながら近づいた。
「おっ」
猫が興味津々でこちらを向いた。あ。茶トラだ。可愛い。
「下駄箱の上でにーにー鳴いててよ、オレどうしたらいいか分からなくて」
「この子、まいご?」
「かもな」
2人でしばらく猫と遊ぶ。
男の子は髪を纏めていて肩幅がすごい。運動部かな。ちょっと見た目が怖いけど、子猫に向けている目がきらきらしている。可愛いもの好きなんだ。
「かわいー」とか「ねこー」「これが欲しいのかーほれほれ」とか。名前も知らない男の子と、猫を中心にして遊ぶ。
陽の落ちかけた下駄箱で、私達以外の誰もいない不思議な空間。
「お前、名前は?」
と、突然問われた。どきりとして、慌てないように気を付けながら口を開く。
「める」
「は?」
「メルルって言います」
顔を上げた男の子と見つめあう。
「いや、猫な。オレはヒムな。こいつはもうネコでいいや」
猫に言ったのか!恥ずかしい。私は真っ赤になる。
「あ、やべ。オレ倉庫の鍵取りに行く途中だった。猫頼むな」
突然彼が立ち上がる。背が高い。180…あるかも?
大きな身体に圧倒されながら、どう返すか困ってるうちに、彼は廊下を靴下のまま行ってしまった。
「ちょ…」
猫、どうするの!?

夕方の迫る中、私は小さな猫を抱えて途方にくれた。
ぬいぐるみのようなもこもこで温かい生き物はこちらの気持ちなんかお構いなしに、可愛くにーにー鳴いていた。

10/12/2023, 9:56:08 PM