のねむ

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昔の人の目印だったというそれは、建物で覆われ行きがう光達のせいで姿すらも見えなくなってしまった。キラキラと光り輝くたった一つのそれは、どこか寂しそうにただ浮かんでいる。


私は、あまり空を見上げるのは好きでは無い。
身長が小さいから、上を見上げると首が痛いとかそういうちょっとした理由もあるけれど、見上げた時に目に入り込むあの空の広さが苦手だった。途方もなく、どこが終わりなのかすら分からない。もしかしたら、目の前のここが終わりで、そのちょっと横が始まりなのかも、なんてそんなことを考える。

空の始まりと終わりは一体どこにあるのだろう。
空を見ていると人間は、とてつもなく小さいんだろう。その人間が作り上げた国も、私たちからすれば大きくは見えるけど、やはり空から見ればまだまだ小さいのだ。
私たち、人間には終わりがある。それを私は理解しているから、終わりのない空のことを気味悪く思う。終わりがなければ、一体全体どうやって日々の突然に湧き出てくる虚無感や、得体の知れないものに体を蝕まれる違和感に、耐えられるのだろうか。
終わりとは、そこで一切合切を断ち切って、無に帰るものなのではないだろうか。もし空に終わりがないだとしたら、それは何と恐ろしいことなんだろう。
空はいつだって何も言わずにただ美しい色だけを描き、私たちを飲み込んでいた。



その日は、いつもと同じように、空から夜が降ってきた。
冬に近付いたからか日の光が隠れるのが早くなったと感じる。まるで、夜から逃げるように。もしかしたら、夜が逃げているのかもしれないけど、なんて、そんな事を考えながら、すれ違う人たちの顔を見て歩いた。
疲労、怒り、喜び、無、様々な事情を抱えた顔で人々は歩く。誰一人として空なんかを見ずに、ただ早足で、この人混みの中を抜けたいと逃げるように歩くから、何となくまた逃げる日の光を思い出した。きっと人間もみんな、いつも何かから逃げている。
逃げて焦って必死にもがいている。
インスタから流れてくる、元同級生達の旅行に恋に勉強にと、キラキラした日常を見てから、ただ只管に仕事に明け暮れる毎日を過ごす自分と比べて。それから、自分より上手く生きれる後輩を見て。毎日意味も分からず頭を下げ続け、自分の頭皮を相手に見せつけるだけの。そんな、子供の頃に描いていた大人とはかけ離れた自分を見つける度、人間はみな逃げ惑う。
そんな私たちを、決して逃がさないようにと、空がこの世界丸ごと閉じ込める。
みんな、自分が檻の中にいるってことに気付いてはいない。空はずっと広くただそれだけのものだと思っている。始まりもなければ、終わりもないような、そんなものが、ただ広いだけなんて、そんな面白くもないことは絶対に有り得ないのだ。


私は、空を見る。
好きでは無い空を、けれど、嫌いでもないこの空を。

暗く、何も映さない空の中に1つ、ぽつんと光が見えた。それが星だと気付いたのは、数分後の事だった。光り輝く街の光はいつも空の中の光をかき消す。私は、星を見たことがなかった。この地上の光だけに包まれ、空を見ることもあまりせず、興味もなかったから、名前は知っていても姿を見たのは本やテレビで載っていたものだけ。
それだから、最初は飛行機かなにかだと思っていた。けれどいつまで経ってその場所から少しも動かないから、やっとこさその時に星だと気づいたのである。



その星に、どこか大層惹かれた自分が居た。
その正体が何かを知りたくて、初めてプラネタリウムとやらに行ってみた。そこには、私の知らない世界が沢山広がっていた。まるで、空に穴が空いたみたいに沢山の星がキラキラと光り輝いていた。空の始まりがあるとしたら、あの1番光り輝く星なのかもしれないな、なんて沢山の光の粒を見ながら思った。
夏の大三角形、とやらを教えてもらった。この地上に沢山の光がある場所では絶対に見えないその星座が、酷く目にこびりついた。



空は、私たちを閉じ込めているのではなくて、私たちに引き止められているんだろうか。
空も星も実は、大きな布で出来ていて、星を描いたその色の変わる布はいつも地球を包んで、抱えている。だから、きっと逃げ出すと、地球を包んでいた布は抱えることを止め、その結果私たちは落下していき、そして、何時しか割れてしまうんだろう。
もしかしたら、あの星の輝きは綻んだ布の間から見えた外の世界の光かもしれない。
点と点を繋いで作ったあの星座とやらは、私たちとこの空を繋ぐ唯一のものなのかもしれない。
私たちが、自分を見失わない為の、生きるための目印。
そして、空が地球を落とさないように、必死に耐えて生まれた綻び。

空の外にある世界に、行きたくならないように、空を私たちの中に引き止めるために、地上に光を灯し、空の外からの何かを消したような、そんな気がした。
心の中に適当な点と点を繋いで自分だけの星座を作ってみた。
これは、私だけの今日の終わりだろうか。これがここにくれば、私の今日は終わる。そうした目印になる。
生きるための、そして空を私たちの手元にずっと置いておくための、目印に。
私は少しだけ、空が好きになった。







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空がテーマみたいになってしまいました。
しかし、空がないと星は生まれませんからね。良しにしませんか?




そういえば、この前道端に放置された犬のうんちが、バイト先に行く途中、見る度に地球の肥料になって行くのを見て、あぁ、生きてるなぁって思いました。
乾燥して、色が変わり、綻んで崩れていく。人間の心みたいと思いました。
そう考えると、いや、うんちからどう繋がったは謎ですが、人間の心はどこか空のようですね。
沢山の色に移り変わり、決して終わりの見せぬその広さ。キラキラを灯したかと思えば、直ぐに他者からの光に負けて見えなくなる。

10/5/2023, 4:32:57 PM