月森

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「月が綺麗ですね」そんな告白をされてみたかった。なんて言ったら笑われるだろうか。学生の時分は微塵も興味がなかった漱石を、ひょんなことから読む機会があった。そしてそれが、大人になった今、何故だかやたら胸に沁みた。

 あの頃の私の感性は、どうやら息をしていなかったらしい。文学も芸術も音楽も、楽しいとも好きとも思えなかった。まったくもったいない学生時代を過ごしたと思う。好きなもののひとつもあれば、あの死んだ魚のような目も、幾分マシであったろうに。

「月が綺麗ですね、なんて言われたら冷めますよね。なんでこれがI love youになるのか、意味分かんないです」
 隣から聞こえてきた声に、過去に飛ばしていた意識が、今へと引き戻される。見上げれば、今夜は立派な満月だった。
「……そうだねぇ」
 私なら嬉しいけど。反論の声は、透明な音になった。ロマンチストである己の露呈を無意識に恐れたからだ。近頃始めた詩を書く趣味も、誰にも言えない。私の周りの人間は、どうにもリアリストが過ぎる。夢想家を個性として受け入れてやろうという気もまるで感じないので、小心者である私の口数は自然と減った。

3/7/2023, 10:57:22 PM