「ほう ほう ほーたるこい」
「こっちの水はあーまいぞ」
陽気な声が響く。
あちらこちらで小さな光が浮かんでは消えを繰り返している。
「こっちにこーい」
無邪気な命令口調が、静かな闇夜に飛び交う。
蒸し暑い夏の川の夜。
蛍も、恋のまたたきを繰り返して、飛び交っている。
ほのかな光が、弱々しく近づいてくる。
腕に止まるほど近くにいる蛍は、結構虫だ。
黒い滑らかな羽の下に、うだうだの脚を覗かせて、うぞうぞと動いている。
子どもたちに言われた通りにこっちに来た蛍は、力なく尻を光らせて、動いている。
「こっちに恋」なんて、脳内お花畑な誤変換で、舞い上がっていたあの日が懐かしい。
「愛に来て」なんて、バカみたいな返信を打ち込んで、浸っていたあの日が懐かしい。
失恋をしたのは、あの人が子どもを愛せる人ではなかったから。
人の子どもに余すことなく愛を注ぎたい、私の気持ちを疑ったから。
引率で連れてきた子どもたちは、無邪気に蛍を呼んでいる。
その蛍が近づいたらこんなに醜いなんて。
蛍たちが光っているのは、自分の遺伝子を残したいだけの、下心満載の、ごちゃごちゃした生存競争であるなんて。
蛍を眺める、彼らにはまだ分からないことだろう。
「ほう ほう ほーたるこい」
「こっちの水はあーまいぞ」
陽気な声があちこちで飛び交っている。
「こっちにこーい」
無邪気な命令口調が響く。
4/26/2025, 7:18:04 AM