#静寂に包まれた部屋
京都で染色会社を営んでいた祖父は、多趣味な人だった。
特に書道と俳句に熱心で、実権を伯父たちに譲ってからは、趣味三昧の生活だったようだ。
京都の古い家は細い路地に狭い玄関があり、奥に驚くほど広い敷地が広がっている。
祖父の部屋はその一番奥の、裏庭に面した場所にあった。
子供嫌いの怖い人だったし、大人たちから
「お祖父ちゃんの邪魔をしてはダメ」
と言い聞かされていたので、孫の誰も近づかなかったが私は例外だった。
その頃私には秘密の世界があって、誰にも邪魔されないよう、祖父の部屋の縁側をこっそり自分の場所にしていたのだ。
文机の前で祖父は時間をかけて墨を磨り、子供に読めない文字を書く。
私は縁側に座り、自分で作った物語の絵を好きなだけノートに書く。
祖父は私に気づいても、そこに居ないように振る舞っていた。
廊下を隔てただけのはずの、母達の声や従兄弟の走り回る音がなぜかとても遠くに聞こえ、不思議に静かだった。
あのピンと張りつめた静寂は、祖父が作り出していたのだろう。
9/30/2024, 3:36:22 AM