舞輝薇

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古びた駅で、次の電車が来るのを待っていた。
数年ぶりに帰省した地元では、1時間に1本しか電車が走らない。

こんなことまで忘れるほど、私は地元を離れていたのか。
時刻表も見ずに向かった最寄り駅での待ち時間。
そこには左手に杖を持った老人と女の子が手を繋いでベンチに座っていた。

「おじいちゃん、あたしね、お花をつんできたの!触ってみて!」

「どれどれ…あいた、ちくっとするねぇ…これはコセンダングサかな?」

「おじいちゃんすごい!なんでも知ってるんだね!
でもね、ママはね、このお花のことを“バカ”っていったの。ねぇ、どうしてバカっていうの??」

「この花はねぇ、バカとも言われているんだよ。どうしてそう呼ばれるようになったかは爺ちゃんにもわからんが、他にも“くっつき虫”とも呼んだりするよ」

立ったままスマホをスライドしていた指が、いつの間にか止まっていた。
2人の会話に耳を傾け、私も正式名称を知らないままバカと呼んでいたことを思い出す。

小学生の頃、私には友達と呼べる子は1人しか居なかった。
当時のクラスメイトから“金魚のフン”や“バカみたい”と言われるほど、常にくっついてまわっていた。

「コセンダングサって言うのか…」

小さい声で呟いた言葉は、誰の耳にも届かないまま空気に吸い込まれていく。
再び2人の会話に耳を澄ませる。

「くっつき虫と呼ばれているのは、服にすぐくっつくからだよ。でもねぇ、人が色んな場所に運んでくれるから色んな場所で咲くことが出来るんだ。だからじいちゃんも、バカみたいなものなんだ」

そう言っておじいさんは女の子と繋いでいる手を少し上へあげた。

「どういうこと?」

女の子が不思議そうな顔で聞く。
私もおじいさんの言葉を理解できずに次の言葉を待っていた。

「ミヨちゃんが、じいちゃんを色んなところへ連れて行ってくれる。いつもじいちゃんの手を引いて歩いてくれる。だからじいちゃんは色んな景色を見られるんだ」

「うん!あたしおじいちゃんのこと大好きなの!だからこれからもたくさん、色んな“けしき”を見せてあげる!」

女の子が繋いでいる手をぎゅっと握った。

『まもなく電車が到着します。黄色い線の内側までお下がりください』

アナウンスが聞こえ、おじいさんと女の子が立ち上がる。

「ほれほれ、そろそろ電車が来るよ。ミヨちゃん、手を引いてくれるかい?」

「うん!」

2人が歩き始めてようやく気がついた。
おじいさんは“目が見えていない”。
左手に持っていたのは普通の杖ではなく、白杖(はくじょう)だった。

おじいさんの右手をしっかりと握る女の子は、凛とした表情を見せる。
今までもこうして、おじいさんの手を引いてきたのだろう。
その行為に責任を持っているのがよくわかる。
そしておじいさんもまた、女の子を強く信頼しているのだろうと思った。
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電車に揺られ約10分。
友達と待ち合わせしている駅に到着した。
車内でも小声で楽しそうに会話している2人をもう一度見てから電車を降りた。

(ずっと2人が一緒にいられますように)

見ず知らずの2人なのに、幸せを願わずにはいられない。
きっとこれからも、2人はたくさんの景色を見に行くのだろう。そんなことを思った。
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「やー、お待たせ!」

「久しぶり、相変わらず元気だね」

数年ぶりの再会というのに、まるで昨日も会っていたかのようにお喋りに花が咲く。

ふと先ほどの2人を思い出し、こんなことを聞いてみた。

「小学生の頃、私がみんなになんて呼ばれてたか覚えてる?」

突然の問いかけに一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにこう答えてくれた。

「“バカみたい”でしょ?確かにあの当時みんなはあんたに言ってたのかもだけどさ、今思えば私のほうがお似合いの言葉だったと思うよ」

昔は皮肉に聞こえたこの言葉も、あの2人の会話を聞いた今は全く違う言葉のように感じる。
お互いがお互いにくっついてたくさんの場所へ出掛けた。

そうして今も途絶えない友情が続いているのだとしたら、私はこの子にこの言葉を伝えたい。

「私、“バカみたい”って言われて良かった!」

3/23/2024, 9:09:13 AM