香草

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「それでいい」

大輪の花がこちらを向いていた。
それはどこかこの世のものではないような、異様な雰囲気で、たくさんの目に鑑賞されているとは思えないほど、威厳に満ちていた。
多くの人が、この花の絵の前で立ち止まり、少しだけ疲れたように立ち去っていく。
それはまるで死後の審判のようだった。
植物をテーマに近世の西洋絵画を集めたこの展示会に来たのは偶然が重なっただけだ。
午後の講義が急遽なくなり、ぼんやり大学内を歩いていたら、植木の根元にこの美術展のチラシが入った袋が落ちていた。どこかのイベントで配られたものだろう。今の時代には珍しく、チケットまで一緒に入っている太っ腹ぶりだ。
念のため、夕方になるまで、そばのベンチで落とし主を待っていたけれど、誰も探しに来なかった。
美術とは縁遠い人生を歩んできたが、美術館巡りが趣味と言えば就活でも恋愛でも印象がいいだろう。
チケットももったいないし、有効活用させてもらおう。

花はそんな浅はかな僕の考えなどお見通しだとでもいうようにこちらを見ていた。
絵の具の重ね方、色と色の混じり合い、掠れた筆の跡。細かく見れば作者が透けて見えるはずなのに、それらを見れば見るほど花の存在感に気を取られてしまう。
背筋が伸びて顎の下がきゅっと締まる。目を逸らしたいのに、逸らすとここで僕の人生はつまらないものになる、そんな予感がした。
つまらない人生って?
毎日大学に行って、役に立つのか分からない講義を聞いて、ちょっとバイトをして家に帰る。
それを繰り返すだけの毎日。
それがつまらない?
・・・・・・いやそうじゃない。その毎日に楽しみを見いだせない自分がつまらないのだ。誰かの悪意にさらされたり、大きな責任を負っているわけでもないのに、無理はしない、休んでもいいという甘く優しい言葉にすがって毎日をつまらなくしているのは自分だ。
途端に額縁が光を帯び、花が褪せたように見えた。
思ったより小さな絵だ。
僕は足取り重くその絵から離れた。

4/4/2026, 11:28:45 PM