港までの散歩
彼のプライドや自尊心は、もはやズタズタだった。
何一つ仕事もできない、親がいないとまともに生きていけない、大学時代の友人らはとっくに社会に出て仕事をしている。
彼は小説家を目指すべく、子供部屋に引きこもっては小説の構想を練っていた。
が、ある朝、彼は自分には才能も成功も無いことを無慈悲なまでに叩きつけられた現実を思い知る。
よく晴れた月曜日の朝だ。
彼は髪を整え、髭を剃り、ネクタイを結んだ。
「就活に行ってくる」と家族に嘘をつき、手作りのサンドイッチを持って散歩に出かける。
途中、老婆がにこやかに話しかけてきた。
「これから、お仕事ですか?」
彼はにっこりとこう答えた。
「そうです。全て順調に進んでいますよ」
老婆は「まあ、素敵。頑張ってくださいね」と再び笑顔を見せ、彼は軽く会釈すると去って行った。
港について、海がよく見える場所に腰掛けると、彼はぼうっとコンテナ船を見ていた。中国語のレタリングから、外国の船かな、とぼんやり考えていた。
ふと、隣を見ると、釣りをしている青年がいた。
「釣れてる?」と彼は聞いた。
「いやあ、今日はあんまり手応えないっすね。貴方は今お仕事の休憩か何かですか?」
彼は「まあ、そうだね」と答えた。それから彼は急に自分の存在がこの青年にとって邪魔なんじゃないかと思った。
「僕がいると、魚が釣れないと思うから、向こうに行くよ」
「え。俺は別にそんなことはないっすけど…」
「僕は魚に嫌われているからさ」
青年は首をかしげながら彼を見ていたが、彼は移動した。もっとコンテナ船がよく見える場所へ行くと地面にどかっと座り、サンドイッチを食べた。
もう嘘をつき続ける人生に疲れた。僕は結局なあんにも無いんだな、と汽笛が響く青空の下の港でそのまま死んだように大の字で寝転び、笑った。
9/25/2023, 9:40:24 PM