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『勿忘草』

ああ、俺はこのまま死んでいくのだろうな。ぼんやりと、まるで他人事のように俺は思った。
激しい川の勢いのままに流されているこの体は、冷えでロクに動かせず、重りが増えるように少しずつ沈んでいく。
愛しい人に良い顔しようとして死んだなんて、同僚の騎士達が聞いたら腹を抱えて笑うだろうか。間抜けなヤツめ、と隊長は呆れるだろうか。
それでも――
「ルドルフ!!嫌ぁ!、誰か、彼を…ルドルフぅ!!」
荒れ狂う川の水音をつんざくように耳に届く、愛しい人の狂乱した声。
俺を追いかけようとして転んでしまったのだろう、声が遠くなっていく。
やはり、花を摘みに川に入ったのが俺で良かった。流されるベルタを見るくらいなら、彼女の小さなワガママを叶えて死ぬ方がよっぽどマシだ。
可哀想なベルタ…自分のちょっとしたお願いのせいで恋人を死なせてしまうことになる彼女は、あの蒼い花を抱えながら、一生自分を責めていくだろう。
川を見るたびに俺を思い出し、蒼い花を見るたびに胸を痛めるベルタ。
これからもずっと、ベルタの心に俺の存在が、楔のように残り続ける。忘れようとしても忘れられないだろうし、この先どんな男がベルタに近付こうとも、貞淑な彼女は、一生俺に操を立てたままでいるだろう。そう考えると、これから死んでしまうというのに、何だか妙な幸福感で、心が熱くなるように感じた。
戦場で死ぬよりも、とても光栄なことではないだろうか。
瞼が閉じられていく。今も冷たい水の中なのか、もう分からないぐらい体の感覚は無かった。
ああ、俺の愛しいベルタ。俺のために泣いてくれ、俺をずっと忘れないでくれ。

2/3/2023, 10:33:51 AM