わたあめ

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 一緒に年越しをしようと誘ってきたのは貴子だった。

 結婚をせずずっとひとりでいた貴子にとって、クリスマスから始まる年末年始のイベントは少し憂鬱なものだった。親戚の集まりに行けば結婚を仄めかされ、世間一般に行われる行事に参加するには腰がひけた。
 だから、貴子はこの時期はできるだけいつもいる場所から離れてゆっくりと過ごす事にしていたのだ。パートナーがいる時はパートナーと、いない時はひとりで新年を迎える。迎える…と言うよりはやり過ごすといった感じだろうか。昭子がひとりで正月を過ごすと聞いた時、昭子も自分と同じような気持ちになる事にせつなさを覚えたのだ。それで思わず誘ってみる事にしたのだ。
 秋が始まる頃に年末の過ごし方を考える。今年は海外にでも行こうかと思っていたが、海外旅行に誘うのはさすがに気が引けたので、近場のホテルで過ごすのはどうかと誘ってみた。

 昭子にとって正月は家族と過ごすイベントだった。結婚してからは義実家への新年の挨拶に行くことが儀礼だったし、子どもができてからも毎年のように通っていた。義両親が他界した後も夫や子供と過ごしてきた。孫たちが遊びに来てくれたりとかけがえのない時間だった。
 家族がいなくなった今、新年の迎え方がわからずにいた。むしろ、新年を迎えるということすら意識していなかった。
 そんな時に貴子から提案された年越しはとても魅力的に感じた。

 師走になると、世間は慌ただしい雰囲気になるが昭子の日常も貴子の日常も変わることはなかった。
 以前であれば、大掃除をし、年賀状の手配をし正月の準備を整える。そんな慌ただしい日々を過ごすことになる。だが、こじんまりとした昭子の部屋は大掃除をするほどのことはなかったし、年賀状も数えるほどしか出さなかった。正月の準備も正月飾りを玄関にかける程度のものだった。
 それよりも久しぶりの友人との旅行にわくわくしていた。
 
 12月31日に電車に乗り海辺のホテルを目指す。海水浴場に面し屋外プールを備えたそのホテルは夏には家族連れで賑やかだが、寒い冬には宿泊客がぐっと減る。とは言え、年末年始ということもあり、それなりの賑わいを見せている。
 海が一望できる部屋に通された。
 「いい眺めだねぇ」
 夜の食事はレストランを予約している。年末のコース料理が出された。
 互いに朝は早い。5時には目を覚ました。外はまだ暗い。
 「海岸まで初日の出、見に行こうか」と言い出したのは昭子だった。
 海岸まではホテルの庭園を通り抜けて10分ほどだ。すでにたくさんの人が初日の出を見るために集まっている。
 「寒い!どっちから出てくるの?」「多分、あっちかなぁ。うー、寒い」
 空はすでに青くなりつつあるが、まだ太陽は出ていない。
 身体を震わせながらしばらく待っていると、周りのざわめきが聞こえる。
 水平線にうっすらと赤い光が覗く。息をのみながら光の動きに注視する。赤い光が大きく丸みを帯びてくる。何も言えず、ただ見つめる。心が無になる。無心。
 やがて丸い太陽が姿を表す。バラバラと周りの人が海岸を後にする。昭子はただ立ち尽くしていた。太陽の熱が身体を温めてくれたのか、知らぬ間に寒さも忘れていた。
 「そろそろ行こうか?」という貴子の言葉でハッと我に返る。
 「うん、すごく良かった。私、ちゃんと日の出を見たの初めてかも」と昭子。
 「初日の出、見れてよかったね」
 「うん、なんか生まれ変わった様な気分だよ」
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お題:日の出

1/4/2025, 10:03:14 AM