時を繋ぐ糸。 そう言われて、最初に浮かぶのはなんだろうか。
それは当然、人によって変わるとしか言えない。
僕の『それ』は、蓄音機のコードだった。
もう、作った人すら存在しない、下手をすれば修理すらままならない。 レコードを再生するための、機械を動かす糸。
美しい音を奏でるものもあれば、劣化のせいでガビガビに掠れた音を吐き出すものもある。 それでも、愛おしいものに変わりはなかった。
恋をしている。 ずっと、名前すら知らない、ただの歌声に。
自己紹介すら入っていない、どこかで安売りされていた円盤から流れる歌声があまりに綺麗で、思わず心を掴まれてしまった。
今の時代、AIによる音声解析なんか苦でもない。 でも、見つからなかった。
この美しい、僕の人生をさらってしまうような歌声のひとは罪作りだと思ってさえいる。 だって、この円盤が壊れたなら、僕は『繋がり』を喪ってしまうのだから。
蓄音機から流れる歌声はとうに最新機器で録音はしてある。 それでも、それでも。
電子の画面をスクロールして小説を読める時代になったとしても、紙の本が一切合切消えてはいないように。 蔵書家が存在するように。
僕にとって、レコードから流れる音声や歌声以上に惹かれるものは存在しない。 どうしたって。
愛している。 僕は、この糸がちぎれてしまったあとも、きっと。
だから、僕にとって、『時間』という隔たりを超えて流れるこの歌声は愛おしい。
11/26/2025, 3:42:45 PM