ガルシア

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 水を張った容器の中に筆を入れる。筆についていた絵の具が解けるように溶けだして漂い始めた。俺が少しでも筆を動かしてしまえば色は一気に広まり、すぐさま透明性は失われるだろう。ぞくりと僅かに背筋を背徳が這った。
 清らかなものは穢したい。暴いて組み敷いて、俺の色をぶちまけて染め上げてやりたいと思う。一度染めてしまえば、水のように正式な手続きを踏んだとしても純粋無垢だった頃には戻れないのだ。非常にそそられるものである。
 色を失った筆を引き上げ、新たに絵の具をとった。目の前のキャンバスもまた無色だったはずが、すっかり鮮やかな色彩に埋められている。この欲求を満たすために絵を描いていると言っても過言ではない。理想の人物をキャンバスの中で穢すと、この世のものとは思えぬほど幸福を感じる。
 我ながら不純で歪んだ、醜い男だと笑いが漏れた。俺を濁らせ歪ませたあれは、今どこで何をしているのだろうか。


『透明な水』

5/21/2023, 1:36:24 PM