神崎たつみ

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#桜散る

 マンションから一歩出て僅かに上へ視線を移す。それは毎日の習慣となっていた。視界には艶やかな新緑が広がっている。
「あー、もう葉桜になっちゃった」
 一度周囲を見渡して人通りがないことを確認してから足を止め、再び視線を持ち上げた。少し強まった日差しに目を細めながら、青々と茂った葉をじっくりと眺める。光が葉に当たってきらきらと輝いて見えた。ちょっと前まで儚げな花びらがはらはらと舞っていたのが嘘のような光景だった。
 人がいないのを良いことに視線を上げたまま、葉桜を眺めて歩き出す。
「さて、今日もお仕事頑張ろうかな」
 自分自身に言い聞かせるように口にすると、途端に言葉通りに気合が入ったような気がした。今日の現場は一緒だから、そのときにでも今見ている綺麗な葉桜の話をしよう。そう考えると更に足取りも軽くなった。
 言葉に力があるというのは本当のことだよね、と自らの様子に納得して駅へと向かって歩く。ふわりと風が吹き抜け、まだ残っていた淡い紅色が宙を舞いながらその背を見送っていた。

4/17/2023, 11:08:58 AM