ミキミヤ

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屋上へ続く階段を上りきった先の扉の手前。猫柳リン先輩は、元々小さな身体を余計に小さく丸めて、体育座りをし、顔を膝に埋めていた。
我らが文芸部は部活時間はだいたい部室か図書室にいるものだが、この先輩に関してはそうとも限らない。いつも元気に自由気ままにどこかを飛び回っているような人だ。だから、こんなふうに薄暗い場所で蹲っている猫柳先輩を見るのは初めてで、動揺した。

「どうしたんすか、先輩。もう部活の時間始まってますよ」

俺が声をかけても、首をふるふると横に振るだけで顔は見せない。本当にどうしたんだろうか。クラスで何か嫌なことでもあったんだろうか。
とりあえず、先輩と同じ目線になるようにしゃがみ込んで、顔を覗き込んでみようとしてみたが、先輩の顔は両腕でしっかりガードされてて全然見えなかった。
表情も分からなければ、声も聞かせてくれない。どんな感情でいるのか、俺には全く分からなくて、途方に暮れた。

視界には、小さく丸まった先輩の小さくまぁるい頭だけ。途方に暮れ果てた俺は、その頭を柔く優しく撫でてみた。
先輩は一瞬ビクついて、俺の手を振り払った。
その時に腕の隙間から見えた表情は、悲しげに濡れていた。
俺の手を、振り払った先輩の片腕を捕まえて、先輩の顔を見つめる。すると、俯いていた先輩はやっと顔を上げて、俺を見た。

「あんまやさしくしないでよ……今やさしくされたらまた泣いちゃうじゃん」

震える声で、先輩は言った。困ったように下げられた眉の下の目は、ウルウルとこちらを見つめている。

困った。この人、可愛い。
いつもは俺を振り回してばかりの先輩なのだ。俺はそれにちょっと困ってるくらいの関係性なのだ。今日だって、部長に行方不明の猫柳を捕まえてこいって言われて、困ってたところだったのだ。
それなのに、こんな可愛いところを見せられると、余計、困る。

俺は衝動に任せて、猫柳先輩を自分の腕の中におさめた。先輩からは「うぇっ!?」なんておかしな声が聞こえたけれど、気にしない。そのまま、逃れようと身じろぐ先輩の背を撫でてなだめて、落ち着かせた。

「な、なんのつもりなんだい!?」

困惑した先輩の声が耳元で聞こえる。それを少しくすぐったいなと思いながら、俺は返した。

「こうしてると、悲しいこととか苦しいこととか、どうでもよくなりませんか?先輩のそういうのがどっか行くまで、付き合うっすよ。落ち着いたら、一緒に部室行ってください」

俺の言葉を聞いて、先輩が小さく息をのんだ。そして、俺の肩に頭を預け、背中にきゅっとしがみついてくる。

「確かにそうかも。あんがと」

その声は涙声だった。
俺はじっと、先輩を抱いて、自分の肩が彼女の涙で濡れていくのを感じていた。


明るく元気で自由気ままな先輩の、こんな一面を独り占めできるなんて、今日は役得だったなあと俺は思った。

2/4/2025, 3:52:08 AM