「傘無いの?」
思わず話しかけてしまった。憂鬱そうに雨を眺めている様子を、放っておけなかったのだ。
「…ない」
一拍置いて、本日の空模様のようにどんよりとした一言が返ってくる。
「じゃあ貸そうか?しばらくやまないよ」
「え、そうなの?」
「うん。それに、そんな所にいると風邪引くよ」
白いシャツが透けてしまっている。見てられない。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
そう言うと、私が差し出した折りたたみ傘を引っ掴んで駆けて行ってしまう。ぺこりとお辞儀も忘れずに。
私は小さな背中を見送った後、手元のビニール傘を開いた。
その翌日、昨日の場所に私の傘が掛けてあった。
『昨日はありがとうございました』
というメモ付きだ。
白いメッセージカードの上で踊る、ダークブルーの文字。私はそれをカバンに入れて、歩き出す。
嘘みたいに晴れ渡った空を見上げながら。
5/25/2024, 1:27:26 PM