「殺意」
穏やかな春の月曜日。
柔らかい朝の日差しが大きな窓いっぱいに刺しこみ、オフィスを明るく照らしている。いい天気だ。
仕事は辛い。こんな素晴らしい天気の日は公園でピクニックでもしてゆっくり過ごすべきだ。
まあそれでも社会人というもの、労働の責務は果たさないといけない。
私はゆっくりコーヒーを飲みながらパソコンを開いた。メールに30通。うんざりする量だ。
昔も今も春の陽射しが素晴らしいのと同じで、日本人は昔から働いて働いて働く生き物なのだ。
それを示すように「死ぬ気で頑張る」という言葉がある。仕事に限らず勉強とか険しい芸事の道などでもよく聞かれる言葉だ。
頑張ることに価値があり、その努力によって結果は必ず変えられるという信念を表しているのかもしれない。
しかし現実は考えているよりも非情なものだ。置かれている環境や自身が生まれつき持っている特性、その他諸々の要因が努力を上回ることがある。
自分ではコントロールできない周囲の人間が道を遮ったり尊厳を踏み躙ってくるときがある。
「パーン!」
オフィスに響き渡る銃声。皆が一斉に振り返った。一瞬空気が止まりまたすぐに動き出す。
「誰?」
「あー営業部の部長ね」
「そういえばパワハラの噂があったね」
「昔はセクハラもしてたって噂よ」
「まあいずれこうなると思ってたよ」
誰かが通報したのかすぐに救急隊員が来て冷静に処置を始める。
オフィスは少しざわめきつつもいつも通りの日常に戻った。撃たれた営業部長を除いて。
発砲した社員も何もなかったかのような顔でパソコンを叩いている。
私はグッとコーヒーを飲み干した。砂糖が溜まっていたのかどろりとしたものが喉を通っていく。
メール1通1通目を通して丁寧に返信していく。
ここは「死ぬ気で頑張る」日本。「努力の価値が高い」日本。極限の死ぬ気は殺意に転じることだってあるだろう。
穏やかな春の陽射しが殺伐としたオフィスに降り注いでいた。
1/7/2026, 6:25:14 AM