ミロワール

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【入道雲】

夏の匂いが少しした

土砂降りの雨が通り過ぎた後のこと

調子外れの鼻歌まじりにきみが旅に誘ってくる

退屈に揺れるカーテンが今日は

どこまでも行ける翼のようで

突発的な言動はいつものきみのこと

仕方ないなと立ち上がり重い荷物を持ち上げる

どうしてか不服そうな顔をするきみに

手を引かれて家を飛び出す



気が付けば海のすぐ近くまでやってきていた

僕の荷物からおもむろに古びたカメラを取り出して

「笑って」なんて言ってくる

きみに教えてもらったものの、

未だにぎこちない苦笑いが写し出される

波に反射した光が眩しいなんて思えるほど

世界は鮮明になっていく

今ここに君と居た証として残るならいいかと

また楽しそうなきみに手を引かれる

 

いつの間にか肩が軽くなった気がするけど

ついていくのにやっとで

荷物のことなんて確認していられない

また次の場所に着いた時に考えればいいやと

きみの背中を追いかける
 


イヤホンを流れる無色透明な光の粒が

景色に灯りを灯していく

僕ら以外の音が聞こえない

遠い場所までやってきていたようだ

一息つきたくて背負っていたリュックを触る

中身が入りきれずにあふれ出して

留め具が壊れていたリュック

肝心な中にあったものの跡形は

何一つ無くなって底が見えるほど

落としてきてしまったのかと慌ててきみを見ると

いたずらっこの笑顔が満開だった

その首元には僕のカメラ

苦笑いで返す僕が言葉を見つけるよりも前に

『これでようやくきみだけの言葉が聞ける』

『きみが見てきたものも受けた言葉も全てボクが持ってるから』

『こんな誰かから押し付けられたもの捨ててしまっていいんだよ』

『大事なものは最初からキミの中に』


揺れるカーテンが頬をくすぐって目を覚ました
 
晴天の空の下、何よりも光を集めているきみが

僕に笑いかけるユメ

僕が子供だったころに突然に旅に連れ出された時のユメ
 
どれくらい時が過ぎたって僕が大事に持っている思い出

いつまでだって僕はあの入道雲を追いかけるだろう


 
2024-06-29

6/29/2024, 2:03:31 PM