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『涙の理由』

 死にたい。
 そう思っている少女の前に死神は現れた。

「貴方は誰?」

 少女は問うた。不思議そうに、されど、果敢に。

「私は、死神」

 死神、と名乗った男――いや、男ではないのかもしれないが――は、端的に返した。

「名前は?」

 少女はなおも勇敢に質問した。ベッドからずいと身を乗り出す。

「……私に名前など無いが」

 死神は懇切に答える。彼に、表情は垣間見えなかった。

「そう」

 少女は呟くように、そしてそれに合わせるように下を向く。様子は暗い。否、笑っているようにも見えた。

「なら、私を、殺して。お願い」

 そう言って、少女は胸の前に両手を合わせる。まるで祈るようだった。

「……了解した。だが……友人や、家族に別れを告げなくても、良いのか?」

 死神は問う。過去、そういった願いをした人間は数多にいた。『死にたくない』と懇願する者も。
 しかし、全て切り捨てた。手紙の猶予などは与えたが、最後には全て。

「私に……友達は、いない。……家族にも、愛されてなんて……いないわ」

 悲しそうに、苦しそうに、絞り出しながらと言葉を紡ぐ。まるで痛みに耐えるかのように。

「……すまないな。……ならば今から、お前の体と魂を切り離そう。用意はいいな」

 そう言って、死神は片手に持っていた鎌を少女へ向ける。鎌の刃が少女の首に当たる寸前、彼女は叫ぶようにして遮った。

「……ちょっとだけ、待って」

 死神は瞬時、鎌を下ろす。何でもない、戯言ではあったが、束の間、聞きたくなった。

「私が死んだ後は、どうなるの? 天国や、地獄へ行くの? それとも……消えて、無くなるの?」

 ふと浮かんだ、しかしながら切実的な問いだった。分からない。きっと、誰にも。
 でも、死神なら。その希望がそこにあるような気がして。

「死んだ後は……」

 死神は答えそうになって、寸前のところで堪える。

「……自分で考えろ」

 死神は、鎌を持ち上げて。
 そして。

「さようなら」

 死神は、鎌を勢いよく振り下げた。
 鎌は少女の胴体を通り、しかし体を傷つけるのと無く、少女の魂だけを。

「あっ」

 彼は少女の躊躇いを聞くこと無く……今日も一人の少女に死を与えた。



 誰も『人』が居なくなった部屋で、死神は一人呟いた。

「……さあ、次の仕事だ」

 瞬間、一つの余念が、彼の頭を巡った。
 少女に、伝えるべきだったのか、と。

『言ってはいけない』
 暗黙の了解ではあった。だから、別に伝えることもできた。ましてや、死ぬ間際の幼げな少女に。
 だが、どうしてだか、彼女に伝えてはならない、と直感が働いた。
 胸の奥が渦巻く。

 そして、彼は、少女の。もう動かない体に視線を向けて。
もう二度と動くことのない身体には、一筋の涙が流れていた。

「死んだ後は、何もかもが、消えて無くなる。なにも、そう、全てが」

 まるで、誰かに話しかけるかのように。
 やがて、彼は忘れるかのように、首を振った。




 いつの間にか、死神は、次の人の下へと消えていた。

9/27/2025, 12:26:30 PM