拍手が鳴り止み静寂が訪れる。
指の重さをできる限り0にして鍵盤に触れる。
重い空気が腕にまとわりついて筋肉が震えそうだ。
深呼吸をして身体中の神経を指に集中させる。その瞬間、思い切り力を込めた。
ピアノが悲鳴を上げる。
動き出した指はもう止まらない。
この数分のために何ヶ月も練習してきた。
毎日毎日何時間も同じ曲を弾いて自分のミスに向き合ってきた。間違えた、もっと優しく、もっと力をこめて、もっと流れるように、もっとアクセントを…
楽譜を破り捨てようかと本気で思ったこともあった。
ピアノをぶっ壊してやろうとハンマーを手に取ったこともあった。そんな心の底に隠れていた自分の加害性にショックを受けて自己嫌悪に陥り一晩中泣いた。
でも一粒の理性と彼女への憧れを捨て切れなかった。
指は躾けられたサーカスの動物のように鍵盤の上を踊る。最後の20小節にさしかかる。
このコンクールが終わったら俺には何が残るんだろう。ふと、頭に浮かんだ。
次の目標?またあの辛い日々を過ごすのか。自分のドス黒い感情を見つめてわざわざ絶望に浸らないといけないのか。
いっそ辞めてしまおうか?第二の人生を歩むのも悪くはない。でも俺には何もない。ピアノ以外に何もできない。結局俺は彼女に生かされているのだ。
彼女は美しい歌を歌う。全ての演奏者を自分に集中させて何も考えないようにさせる。それでいて一筋縄でいかず、いつも不満気に俺を責める。
なあ、まだ終わらないでくれ。何ヶ月もお前を満足させるために頑張ってきたんだ。
最後の音を鳴らす。彼女はニヤリと笑って俺の指と別れを告げた。
11/28/2024, 4:06:13 PM