「終わるよ」
彼女は言った。
なんのこと、などと声をあげる前に彼女は続けて言った。
「世界、終わるよ」
そのまま前方を指さしたから指の方向を辿っていくと、まるでデジタル世界が消えるように、遠くの景色が無数の四角となって消えていく様子が見えた。
「⋯⋯⋯⋯終わるのかい」
「うん、終わるよ」
彼女は淡々と言った。まるでいつもあるルーティンの話をしてるかのように。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんでだか分かってるのかい?」
「ん〜ん。でも終わる。多分、管轄できなくなったとかそんな感じでしょ」
彼女にとって唯一の場所なはずなのに、ここが消えたら行く末がなくなることは分かってるのに、もしかしたら僕らも景色と同じように分解されて消えるかもしれないのに、彼女は世間話のように言った。
「あと、どのくらいで」
「もう、そんなにもたないと思う」
目の前の景色はどんどん分解されながらこちらに迫ってきていて、それはとても恐ろしい光景のはずなのに何故だかとても綺麗だった。
「⋯⋯⋯⋯綺麗、だな」
「そーだね」
「⋯⋯⋯⋯きみは、怖くないのかい」
「全然」
なんで、とは聞けなかった。聞いちゃいけない気がしたし、嘘のようにも聞こえたから。
「演奏者くんは?」
「⋯⋯⋯⋯僕はきっと死ねないから」
堕天使なのだ、僕は。きっと天界に戻るなり、他の異世界に行くなりしなくてはならないだけで、死にはしない。
「そっか。じゃあボクだけか」
「⋯⋯⋯⋯きみは、悪魔とかじゃ」
「ないよ。ただの人間」
きみはそう言った。
パラパラと少しばかりしか遠くない木々が分解されていく。きっと後数秒で僕らもあの餌食になる。
「⋯⋯⋯⋯好きだよ、きみのこと」
飲み込れる寸前、そう呟いた。
本当は自分のものにしたかったけど、そんなことはもうできなさそうだから。
返答はなかった。
当たりを見回せば、僕が立ってる大地を除いて全ての場所がなくなっていた。
目が覚めた。いつもの通り、僕の部屋で。
布団を剥がし、ベッドから降りて、扉を開いて外に飛び出したら、ピアノの近くのベンチで彼女が座っていた。
「あ、演奏者くんじゃ〜ん。今日、ちょっと起きるの遅くない? 怠惰だな〜」
夢だったらしい。夢だった、のだ。
そう実感すると安心して、僕は思わず彼女を抱きしめた。
「!? ど、どうしたの!?」
「⋯⋯⋯⋯生きていてくれよ。ずっと」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯な、なんの話? とりあえず離れてくんない!?」
怪訝そうにきみは言ったけど、僕はもう少しの間、きみを離せそうになかった。
6/7/2024, 3:53:58 PM