NoName

Open App

流れ星に願いを…。

さて、どうしましょう…(´・ω・`)物語…雑談…
────────────────────────
朝のニュースによると、今日の午後9時から流星群が見られるらしい。
ということで、残業終わりに研究所の敷地で星空観賞と洒落込むことになった。

女子更衣室から運んだパイプ椅子に腰を掛けてみる。
ギッと鈍い音はするが、そこは御愛嬌だ。
周囲に住宅地がないからか、研究所の敷地内から見上げる空は広々としている。
余計な明かりも少ないので十分星空観賞が出来そうだ。
星空観賞のお供に、水筒、カップ、ひざ掛けが入った紙袋を用意した。
水筒には温かいお茶が入っている。
カップは普段職場で使っている博士のと自分のを。
寒さ対策用のひざ掛けも準備したので、長期戦になっても安心だ。

流星群の予定時刻まで残り十分ほど。
お茶でも淹れようと紙袋を漁っていると、男子更衣室から持ち込んだパイプ椅子に座る博士に話しかけられた。

「流れ星に3回願い事を言うと叶う…というけれど、難易度が高いよね」

パイプ椅子に深々と腰掛け、ジッと空を見つめる博士の横顔は真剣そのものだ。

「そうですよね。流れ星って、あっと言う間に消えちゃうので、かなりの高難易度かと」

流れ星は、見つけた瞬間にいなくなる。早口言葉が得意な人でも、なかなか難しいのではないだろうか。

「余っ程普段から願い事を言っているとか、言い慣れとかしてないと無理だし、タイミングも味方してくれないと出来ないことだよね」

そう言って博士は苦笑したが、私はなるほどと思った。

確かに習慣付いていれば、流れ星を前にしても迷うこと無く3回願い事を言えるのかもしれない。
普段から欲しいものを意識しているからこそ、引き寄せ的な何かが働いて、願いは叶いやすくなるということだろうか。
だとしたら、流れ星に3回願い事を唱えると叶うのは、それ以前の前提が整っているから叶う──ということなのかもしれない。

私は隣に座る博士の横顔をジッと見た。

普段、博士は欲が見えない人だ。

アレをしてみたいだとか、コレをしてみたいだとか、何々が欲しいという話を本人の口から聞いたことがない。
寧ろ、進んで自分のものを差し出してしまうようなお人好しだ。

この会話の流れなら、博士の願い事を聞き出せるチャンスかもしれない。
出来る助手たるもの、このチャンスを逃す手はないだろう。

「博士は、普段から願うことってありますか?」

博士は斜めに首を傾げ、唸り声を上げた。

「ん〜。何だろう…世界平和とか?」

そう言って、私の方を振り返った博士の眉はハの字になっている。
これは、お茶を濁そうとしている気がする。
もう少し踏み込んだ質問をしてみよう。

「個人的なものは何かありますか?」

博士は、困り眉をますます困らせた。
中年にしては円らな瞳を持つ博士だが、今はしょぼしょぼと小さな目になってしまっている。
ただ願い事を聞いているだけなのに、申し訳ない気持ちになってきた。

「個人的…。うーん、考えたことないな。願う前に行動しちゃうことが多いかも。…君は、何かあるの?」

博士の突然の返しに私は「ぅえっ?」と変な声を上げた。
まさかこっちに質問が返ってくるとは、思ってもみなかった。
今度は私が、うんうんと唸ることになってしまった。

「えっと、私、ですか?うー…ん。えー…っと。個人的な願い…となると…」 

「3回唱えると絶対叶うとして、君だったら何を願う?」

博士が追加条件を付けてきた。
コレは絶対答えないといけないやつではないか。

どうしよう。3回唱えると絶対叶う願い事?

正直に言って、無い!
悲しいくらいに願い事が出てこない!

恋人?…いやいや、居たら良いなぁくらいで絶対に欲しいとまでいかない。
結婚?…恋人もいないのに何を言ってるんだ自分。
お金?…上司の前で言うのってどうなのだろう?でも、前の2つより気楽かもしれない。
ええい、ままよ。

「お、お給料アップですかね」

私の渾身の返しに博士は、キョトンとした顔をすると吹き出した。

「アハハハ。そうか。じゃあ、研究の成果を上げて本社に掛け合えるよう頑張るよ」

博士の言葉に一瞬心が浮足立つ。
本当に良い上司に恵まれたなぁと感じ入っていると、心の中の私がストップをかけてきた。
なるほど、そうでした。
忘れてはいけないことがありました。
でも、まずいただいた気持ちのお礼を込めなくては。

「とても嬉しいです」

私の言葉に、博士の顔がぱっと明るくなる。

「けど、博士が三徹とかするのは許しませんからね」

博士の眉がへちょっと困り眉になった。
あっ、やっぱり無理するつもりだったらしい。

「やっぱりお給料アップより、博士が健康的な生活を送れることを願うことにします。体が資本なんですから大切にしてください」

そう言って博士をジッと見つめると、博士は気まずさを誤魔化すかのように空を見上げ頭を掻いた。

ポリポリと掻く音だけが響くと、急に博士の手が動き空を指差した。

「あっ、流れ星」

博士の声と指につられて空を見上げると、空に数センチ程の線を描いた星が、瞬く間もなく見えなくなって消えた。
体感にして1秒もない流れ星だった。

「…3回唱える暇も与えてくれないね」

博士が漏らした言葉に、私は思わず吹き出すと博士の笑い声も重なった。

呆気ない流れ星を映した空にユニゾンの笑い声が響いた。

4/25/2024, 2:07:41 PM