『もう一歩だけ、』
本当の夢を叶えられるのはほんの一握りだけで、
自分はその一握りに入っていると思っていた。
僕の書くストーリーは秀逸で、革命的で誰もがあっと驚くような展開で、感動に涙を流す人もいて、何処からともなく拍手を受ける。
そうなれると思っていた。
そんな作家になれるって。
でも実際はそうじゃない。
貯金は減るばかり、
作家だけじゃ食べていけず、バイトの日々。
溜まっていくのは丸められた原稿用紙たち。
定職にもつかない息子だ、親にも愛想を尽かされて。
何度も出版社に持ちかけて、頭を下げた。
その度に惨めになった。
その度に自分が心底嫌いになった。
その度に世界に自分を否定されている気分になった。
殴られ、蹴られ、罵倒され、
花を咲かせることもできずにその華は
とうとう折れてしまった。
やけになった僕は朝までアルコールを取り込んだ。
バイトも無断欠勤した。どうでもよかった。
視界が揺れる。頭を鈍器で殴られているようだ。
世界が、人々が僕を笑っている。
駅前の小さな喫茶店へと寄った。昔じぃちゃんに連れてきてもらった、オムライスがうまい店。
オムライスを頼み、待っている間、なぜか手を動かしたくなった。
まるでペンを握ることを待っているかのように。
そうだった
僕が小説を書き始めたのは、じぃちゃんが褒めてくれたからだった。
「お前は有名作家になれるぞ。」
「すごいじゃないか。面白かったぞ。」
「どんなひどいストーリーでも、どんなに拙い文でも
じぃちゃんが読んでやる。だって」
じぃちゃんは、お前の1番のファンだからな。
ハッとした。
ポケットに手を突っ込む。癖で持ち歩いていたペンを取った。
喫茶店のナプキンに文字を連ねていく。
ただがむしゃらに。
ただひたすらに。
じぃちゃん。やっぱり諦めきれないや。
迷惑かけないから、悪いことしないから、
ちゃんと真面目にバイトをするから。
もう一度だけ、
もう一歩だけ、
僕に勇気をください。
気がつけば青色だった世界は橙色へと変わり、俺の周りは拙い文で真っ黒になったナプキンで溢れかえっていた。
喫茶店のマスターは何も言わず、僕を見ていた。
「あ…ごめんなさい。」
「いいんですよ。存分に使ってください。お代はもう貰いましたから。」
「え…?」
マスターがにこやかに笑う。
「素敵な物語、勝手ながら読ませていただきました。
この本が出来上がったらうちに飾らせていただきたいものです。」
「こんな拙い文でも、本が書けると思いますか?」
はっきりとマスターは言う。
「書けますとも。だって貴方にはもうファンがいますでしょう?私ともう1人、貴方の大切な1番のファンが」
「!」
その言葉に涙が溢れた。どうして忘れていたのだろう。
夢を叶えられるのはほんの一握り。
だけどその一握りの中じゃなくても、
誰も見てくれてなくても。
僕は本が大好きだ。
だから書くしかないんだ。
書かなきゃ生きていけないんだ。
折れた華は必死に前を向いていた。
もう一歩、踏み出せるように。
8/25/2025, 12:21:18 PM