【ただ君にだけ】
あれから何年経ったのか正確には覚えていないけれど、この少しだけ水っぽくて草木の香りが漂い始める季節だったことは未だに忘れることが出来ず、今も確かに覚えている。
かつての僕は君のことをずっと隣にいてくれる唯一無二の存在だと疑っていなかった。
そんな素直な気持ちを持っていたことが信じられないぐらい、今の僕は荒んでしまっている。
あの出来事がなければ……今でも君は僕の傍にいてくれたのかだろうか。
なんて少し弱気になって考えてみたりもするが、きっと君と僕はなにか別の出来事で離れ離れになってしまっていただろうなと大人になってしまった今では現実としてしっかり受け入れることができる。
あのときは受け入れることが出来なくて辛くて死にたくなることもたくさんあったけれど、今を思えばただの共依存なんだ。
お互いにとっていいことはない。未来も明るくない。
やっとそう自覚することが出来た。
だから君の幸せを心から願うことが出来る。
君は今も僕の知らない人の隣で幸せに過ごしているのだろう。
いや過ごしていてくれなければ困る。君の幸せを願っている僕が馬鹿みたいじゃないかと。
そんなことを考えながら生活していると遠い風の噂で君の話を耳にした。
ちかく結婚するのだとか。
心から嬉しかった。
そしてここまで荒んでしまった僕には遠い世界の話のように思えてしまってとても眩しかった。
もう残り少ないこの時期にとびきり明るくて素敵な知らせを聞けてずっとつっかえていたものが、すっと抜けていったた気がした。
やはり僕はあの日からずっと抜け出せないぐらい過去に囚われていたらしい。
でも、今はとても清々しい気分だ。なんでも出来る気がする。
もう君はひとりではなくて、ずっと傍に支えてくれる人がいる。最高だ。僕の1番の願いが叶ったのだから。
こんなどうしようもない人生でも、なんでとてもかやりきった気がする。
あぁ……もうなにもやり残したことはないな。
この先の君の未来もずっと明るいものでありますように。
そう願いながら僕はそっと瞼を閉じた。
さーっと心地よい風が吹く。それはあの日と同じ少し水気を含んだ草木の香りを運んでいた。
でもね。こんな僕でもたったひとつだけ望んでもいいのなら……
本当は、ただ君にだけそばにいて欲しかった。
5/12/2025, 5:47:37 PM