繊細な花
上司が結婚した。
勇敢なるお相手は仕事でもパートナーを務めており、結婚前と全く変わらず、いつも穏やかに感じよく仕事をしている。デカいが殺人課の刑事には見えない。
上司は今、誰かエラい人に呼び出されているので、隙をみて話しかけた。
「仕事と関係ないこと訊いてもいいか?」
「警視の私生活に関わること以外でしたら」
「…それってあの人の指示?」
「いえ、実は今一日に二十回ほど訊かれているんですが、勝手に答えるべきことではないと思いますので」
立派だ。
「じゃあ…プロポーズしましたか?」
「いいえ」
コイツは俺らみたいに、「人間として生まれた」だけの連中にはない美点を持っている。嘘がつけないのだ。
「え、じゃあされたの?」
「されたとも言えないような…」
私生活に関わる質問だと思うが、答えてくれた。何というか、イイ奴なのだ。
「え、何でOKしたん? なんて言うか、色々手ェかかるだろあの人」
「…少し前に、あなたと聞き込みに行ったお宅がありましたよね。黄色い薔薇の鉢を大事に育てていた黒人の女性です」
あった。記憶力が異常に良く、でも読み書きに少し不自由があるシングルマザー。唯一の贅沢が、小さな鉢植えの薔薇を育てることだった。
「その方が言ったんです。花は子どもと同じで、思い通りになんてならない。でもこの子はとても繊細で、私を必要としてるから、私が世話をするんだって」
それを思い出して、自分はこの人と生きていくんだな、と思ったんです。指示されたとか義務とかではなく、何か納得したというか、まだうまく言葉にできないんですが。
それを聞いて、何かちょっといいなと思った。思ったのでその晩、パブで呑みながらその話をした。うちに帰って妻にも話したら、「それくらいは言ってくれないとね」とのことだった。
三日後。
「何か私の私生活に関して唾棄すべき誤解が生じているようなんだけど、君たちは刑事だよね? 適切な聴き取りと報告は必要な能力だと思うんだがね」
俺がビールを三パイント呑んでした話は、いつの間にか「あの人は繊細な花のような人なので、守ってあげないといけないと思いました」という話になって広まっていた。
「私は半分東洋人だからこの表現は嫌いだけど、チャイニーズ・ウィスパーズ(※伝言ゲーム)にしても酷すぎない⁈」
「…ちなみに、今怒っておられるのはプライバシーの侵害と俺らの無能さのどちらに対してですか?」
我が相棒が勇気を奮って尋ねたところ、全てに怒っている、一番腹が立つのは私はそんなにロマンティックなことを言って貰えていないことだ云々と上司が言い出したところへ「パートナー」が帰って来たので俺たちはとりあえず救われた。
最近の上司はすっかり身綺麗になり、何だか肌艶も良くなったように見える。
唾棄すべき誤解は実のところ全くとけておらず、パートナーは密かに「最高の庭師」と呼ばれているのだが、これは秘密である。
繊細なお花は庭師に守られて幸せ、俺らの査定は無事。それだけで充分だ。
6/26/2024, 2:38:00 PM