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 彼女は、毎年秋になるとこの別荘にやってきて、向かいのコテージの僕へ手を振ってくれる。
 秋になったら僕はコテージへ来る。元々は、紅葉が素晴らしく、空気も美味いから買ったし、夏から秋にかけて滞在する場所だったのに、彼女とすれ違いになるのが嫌で、秋から冬に期間を変えたのだった。
 毎日、ドキドキしながら彼女を待った。庭の木椅子に座り、唇を湿らす程度にココアを傾けて、ひたすら待った。夕方になると、冷め切ったココアを飲み干して、とぼとぼとベッドへ向かう。それをひたすら繰り返した。
 今年の秋風は、やたらに寒い。心地よさはなく、喉を渇かし、肌を裂き、僕の心を冷え込ませる。
 きっと冬が追い越していたのだろう。結局、僕の元に秋は訪れなかった。
 彼女の別荘の玄関に、蜘蛛の巣が張ってる。枝でそれを振り払う。逞しい蜘蛛が枝に垂れ下がっている。「来年はあるか」と問うた。蜘蛛は去っていった。

11/15/2024, 4:11:52 AM