Episode.23 喪失感
たった一瞬の夢だった。
あの日、あのまま死んでいれば______
僕の家庭は周りの家庭と比べたら厳しかったそうだ。
実際、僕も両親に対しての不満が無いわけじゃなかった。
高校生になった今でも門限は7時。
学校が終わって、自習室や図書館で自習をしていたらあっという間に7時前になってしまう。
友達は門限がもっと遅いため、僕だけが先に帰るのが嫌で遊ばなくなってしまった。
他にも束縛はされ続けていたが、その不満を直接ぶつけると暴力を振るわれる。
一度だけ、そういう経験がある。
" 次破ったら殺してやるからな "
大声で壁に押さえつけられて、何度か殴られながら言われたあの言葉は今でもトラウマで忘れられない。
きっとあの日からだ。
僕のギリギリで繋ぎ止めていた心が砕け散ったのは。
その後はAIのように言われたことを淡々とこなし、成績優秀でいい子で両親からも褒められるようになった。
でも我慢の限界が来た。
身体も精神もボロボロで疲れきっていた僕は、帰り道にある橋から飛び降りようとした。
「…は?おい、憐!待て!」
僕が身を乗り出した瞬間に叫び声が聞こえて、反射で体をビクッとさせた。
横を見ると同じクラスであり僕の好きな人がいた。
「あ、やと……な…で…なんで…」
僕が今まで生きてこれてたのは絢斗のお陰だ。
初めは少し話す程度だったが、放課後の自習室で隣に座ってからは親友のような関係になった。
僕が家庭の事を話しても傍にいてくれて、遊びや逃げることを強制させる訳でもない。
寄り添ってくれたその優しさに知らないうちに惚れ込んでいた。
去年の秋、フラれるのを前提で告白した。
気持ちを隠し続けるのが辛かった。
「…マジで?ほんとに俺のこと好きなの?」
「う…ん、すきです…」
「やべーにやける…よろしくお願いします。」
その日から、また僕の人生は変わろうとしていた。
付き合う前は話せなかったこと、出来なかったこと。
母親も門限までに帰ってくるならと、土曜日に出かけることを許してくれた。
でも、きっと僕が全て間違っていた。
連絡がすぐ返ってこないと不安で仕方なくて、一度問い詰めてしまったこともあった。
他人と距離近くならないで、何時までには帰ってきて。
まるで両親が僕にしていた束縛をそのまま絢斗にしていた。
「俺じゃ応えられる自信が無いんだ…別れよう。」
「…は、」
心にぽっかり穴が空いてしまった。
何も出来ない、何も考えられない。
僕のせいで、絢斗が、辛い思いをしちゃったんだ。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
いつかの本で読んだ気がする。
" 寒さしか知らない人間はそのまま凍えて死んでいく。
だが温かさを知ってしまった人間は、もう寒い環境へと
戻ることが出来ない。
その温かさも永遠と続くとは限らない。
温かさを知らずに死んでいた方が幸せな時だってある "
ああ、僕は温かさを知ってしまったんだ。
だからまた寒い環境に戻るのが怖くて、怖くて仕方がなくて堪らないんだ。
今度は寄り添ってくれる人もいない。
あの時死んでいた方がよかったのかもしれない。
もう何もかも考えられない。
脳内の機能が停止したかのように動かない。
虚無になることは許されない、あってはならないのに。
僕は二度目のきっかけで、自分の部屋で命を絶った。
「…れ、ん……?憐が…しんだっ…て…は……??」
9/10/2023, 3:37:21 PM