あめ

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特別な夜といえば、俺にとってはあの日の事だ。


俺は一度、宇宙人にさらわれた事がある。


今の若い人は知らないかもしれないが、80年代はよく宇宙人が地球に降臨していた。


どうゆう理由なのかその頃の宇宙人たちは、地球人が放牧している家畜の内臓を血液も残さず綺麗さっぱり抜き取ったり、麦畑にミステリーなサークルを作ったり、空中から砂を出現させたり、スプーンを曲げたりして、地球のゴシップ番組を賑わせていた。


挙句の果てに運転操作をあやまって宇宙船をアメリカくんだりに墜落させてしまい、干からびた遺体となって米軍に極秘物扱いされたりしていた。あれは他の宇宙人たちも焦っただろう。遺体を奪還しようとして人間に化けた遺族宇宙人がアメリカ国内に潜入し、スパイ映画さながらの大活劇を繰り広げたらしいが、それはまた別の話だ。



そんな宇宙人時代のある寒い夜のこと、俺は飲み歩いた友人たちと別れ、ひとり帰り道を歩いていた。そのさなか、ヤツと遭遇した。


最初は閃光だった。

月のない夜、周囲は田舎道で街灯も少ない。気配を感じて、暗い道に落としていた視線をふっと上げたその瞬間、いきなりの光彩と風圧に俺は尻もちをついて、したたか尾てい骨を打った。まばゆい光は強烈に俺を包み込み、その光の激しい圧力で俺は気を失った。


気がつくとそこは金属光沢のある室内で、先程よりもやわらいだ光の中心に桃色の星のようなものが立っているのが見えた。ここは、宇宙船の中か?


「ハバリガニ、カリブ、ンダニ」


30cmほどの大きさの桃色が喋った。それは噂に聞くような脳の中に直接話しかけてくるものではなく、はっきり空気が振動して耳に伝わる声だった。



意味がわからず目を見開いて黙っていると、クィーンチュイーンザワーーッというような、ラジオのチューニング的な音をさせ、桃色がまた喋った。


「ようこそ、ようこそ、私はパトリックです」


俺はさらに驚いて口をパクパクさせた。日本語を喋っている! そして、、そうか、こいつは、、、ヒトデだったのか!(※注)


「私は地球の皆さんのことをよく知るためにはるばる宇宙からやってきました」
慇懃にパトリックは言う。


「偶然ではありますがあなたと今夜遭遇することができて大変うれしいです。ぜひ私達の知見のために、あなたの経験を共有させて頂きたいと思います」


「な、何をさせるつもりだ?」
俺はこわごわ聞く。


「あなたは何もする必要がありません。ただ、あなたの首の後ろに小さなチップを埋め込ませてもらいたいのです。それがあなたの行動を逐一私達に伝えます。血圧や心拍数、血液組成も分かるので、異常があればあなたにご報告しますよ」


「えっ、それは、病気の兆候があれば教えてくれるということ?」


「ほっとけば治るような軽いものでしたらお知らせしませんが、命に関わるものでしたら、チップを入れさせてもらったお礼として、ご連絡さしあげます」



そんなわけで、俺の首の後ろには監視用のチップが埋め込まれている。指で触るとそこだけもっこり盛り上がっていて、糸の端のような感触が未だに残ったままだ。下手くそか。

何か大病の気配があればパトリックが知らせてくれるという事にはなったが、一体全体、どうしてそんな事を信じたのか我ながら分からない。ヤツは口からでまかせを言ったのかもしれないじゃないか。一種異様な神秘体験の中、俺はあの夜、イヤに従順になっていた。



ちなみにあのとき打ち付けた尾てい骨は折れていて、命には関わらないが大変な苦痛を味わった。

さらに激しく情けないのは、あいつ俺の後頭部に、大々的に宇宙人である自分の証拠を残していきやがった。悔しくてならない。
ミステリーサークルだ。



これが俺の特別な夜の記憶のすべてだ。








※注 アメリカのアニメ『スポンジ・ボブ』に出てくるキャラクターの、ピンクのヒトデの名前がパトリック・スター

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【44】特別な夜





1/21/2024, 1:40:14 PM